初めての座間味 1997年7月
スー、シュー…。スー、シュー…。
規則正しいスクーバの呼吸音、見渡す限り色とりどりなサンゴに彩(いろど)られ、おびただしい種類と数のカラフルな小魚達に取り囲まれて水中をフワフワと漂っている。
ここ座間味の限りなく透明な海は日ごろストレスに苛(さいな)まれている心身をリラックスさせるのに絶好の場所だ。
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7月27日の日曜日、午前11時45分。まだ台風9号の影響の残る羽田を飛び立ち、ワイフがダイビングの雑誌で見つけた格安の「座間味島ダイビングツアー」がスタートした。なにしろ中小企業のような旅行会社のツアーだったので内心出発するまで不安なものがあったけど、羽田を飛び立ってしまえばOKだろう。
今回のツアーは初日は那覇に1泊し、次の日から正味3日間ケラマの海でのダイビング、最後の日に東京に帰るという4泊5日の設定だ。初めてJASの飛行機に乗ったけど、時間帯からして機内食が微妙である。
「機内食出るかなァ」
「出ないとお腹空いちゃうなァ」と私。
「出るんじゃないの」とワイフ。
搭乗前の待合室でワイフとそんな会話を交わして、
「やっぱ、なんか買ってくるワ」とおにぎり弁当を買ってきてほおばっておいて正解だった。機内食は出るには出たが、クロワッサンとタコ焼きとサラダがごちゃごちゃと12cm程のランチボックスに詰められたものだった。
(これじゃやっぱ持たないヤ)
去年だか別の会社の飛行機じゃ結構しっかりとしたランチが出たけど、ここの航空会社も経費削減で苦労してるらしい…。
機内に入ると座席は通路に挟まれた真ん中で、窓の外は見えないし、那覇までの2時間半は退屈で寝てるしかない。「ま、安いツアー、ゼイタクは言えないか。」
我々を乗せた飛行機は予定より少し遅れて午後2時20分、無事に那覇空港に着陸。考えてみればマイギアを持っての遠征は初めてで、チェックインの時に預けた荷物を受け取らないと外へは出られない。25年以上も昔だが、手荷物を受け取るのに1時間位かかったことがあって、その後はいつも機内持ち込みで通してきたので、待たされること覚悟でシブシブ手荷物受け取りのベルトコンベアーみたいな前に並んだ。しかし、心配は杞憂に終わった。なんと、ホンの10分かそこらで荷物がコンベアー上を流れ出てきたのだ。
大事なダイビング器材を受け取ると、ガラゴロとキャスターの音を響かせてタクシー乗り場へ急いだ。別に急ぐこともないのだけど性格だから仕方がない。
タクシーに乗り込むと、見るからに「沖縄県人」といった風の、日に焼けた運チャンにワイフが早速声をかける
「やっぱりこっちは暑いですね~ェ」
「外は暑いけど、車ン中は冷房かけてるから一日乗ってると体がおかしくなっちゃうョ」と運チャン。
空港から少し走って国道58号線から左折した。今夜の泊りは「ホテルキャッスルのざき」だが、このタクシー、近くまで来ているようだが場所が良くわからないのか、後ろを振り向いて
「住所か電話わからない?」
で、クーポンを取り出して電話番号を教えたら、
「あんまりいいホテルじゃないョ」ときた。
「安いツアーで来たからわかってます」。
でも、さすがに着いたホテルを一目見て、「ウワァ…」
フロントで鍵を受け取って部屋に入って、また「ウワァ…」
「ま、安いツアー、ゼイタクは言えないか」、とワイフとお互いを慰める。
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那覇空港には10年ぶりで降り立った。前に来た時は子連れで、万座ビーチのANAホテルへ行ったっけ。
ワイフがその時に訪れた「守礼の門」へもう一度行きたいと言うので付きあうことにした。タクシーで「守礼の門」へ行ってみると(何だかにぎやかだなァ…、こんなに土産物屋があったっけ)という感じ。そして入場料お一人さま800円を支払って最近復元したと言う「首里城」へと足を踏み入れた。ここは何年か前にNHKの大河ドラマ(「琉球の風」だったかナ?)で使われただけあってかなり忠実に再建されているようだ。建物の中は展示室になっていて、琉球王朝の頃の絵やら、古い写真やら、骨董やらが展示されていた。
一通り「首里城」を見て回り、「とりあえず国際通りまで戻ろうか」と、折り良く止まっていたタクシーの運チャンとワイフの目と目とが合った。
「あれ?」
「あれ?」
なんと、さっき空港からホテルまで乗せてもらったタクシーだ。
「沖縄の人ってみんな似てるんだなァ~って思った」とワイフ。
「さっきも乗せたって、きれいな人はすぐにわかりましたョ」と運チャン。お世辞がうまい。
沖縄には鉄道がないせいか、タクシーがやたらたくさん走りまわっているのに、そんな数ある中で同じタクシーに立て続けに2度乗るなんて。縁って不思議なものがある。
「どこか美味しい物食べられるトコありませんか?」というワイフの問いかけに何軒かの店の名前をあげてくれ、さらには国際通りに面したそのうちの1軒の店の前まで連れていってくれた。
夕方の5時なのに、まだ沖縄の太陽はカッと燃えていて陽の光が肌に痛い。こんなに明るくては飲むにはチョット早いので、牧志(まきし)の公設市場へ行ってみた。が、残念。今日は日曜日で休みだった。それでもいかにも地元の人達が利用している風の、市場の周りの雑貨屋さんやら洋品店などは開いていて、地元の市場街の猥雑な喧騒があふれている。
1時間ほど、ぶらぶらと市場のアーケードを散歩して国際通りまで戻ってきた。時間的にもちょうど良いので、三越前からさっきタクシーの運チャンに教わった店の方へ歩いて行くと、大きな赤提灯が下がっている居酒屋風の店の入口を通り過ぎた。しばらく行き過ぎて「!?」と何かひらめくものがある。ワイフも何か感じたらしく
「さっきのトコどう?」
夫婦を長くやっていると以心伝心、ほとんど同時である。
その店は「ゆんたく屋」さんと言って、地下への狭い階段を降りた所にあった。店へ一歩入ってみると天井からいくつもの魚の剥製(はくせい)がぶら下がっている。奥の壁にはマスター自慢のアオウミガメの剥製も掛かっている。よくよく見ると、壁にもたくさんの魚の剥製が掛かっている。これはチョットした海の中の世界だ。
ワイフとオリオンの生ビールで乾杯し、クタクタに煮込んだ「豚足」やら「ゴーヤチャンプル」やらの地元の料理を注文した。店はまだ空いていて、カウンターに陣取ったのだが、目の前のガラスケースの中の青い魚が妙に気になる。それに2cmはあろうかという厚みのイカの切り身にも驚かされる。天井から下げられた「お品書き」には料理が想像できない地元の言葉が並んでいて「まさしく沖縄」って感じの店だ。
カウンターのガラスケース越しにマスターと雑談が始まる。「我々は明日座間味へ渡る」って言ったら、マスターは前に川崎に住んでいて、江ノ島とか良く潜ったなんて話をしてくれた。最近のダイビング団体のライセンスは無いが、潜水士の資格を持っているのだそうだ。口髭、あごひげの風貌が妙に似合った、時折遠くを見る目が詩人のようなマスターだった。
仕上げに泡盛の25年ものを何杯かお代わりして最初の夜はふけた。