サクバル、トナカ 1997年7月



 7月30日、座間味滞在3日目の朝だ。昨夜はオーナー自らが味付けした料理を肴に良く冷えたオリオンの生ビールをジョッキでグイグイ飲んでいたら、時間でお盆を下げられてしまってご飯を食べ損なってしまった。ロギングを終えて民宿の近くの雑貨屋さんに寄ったら「沖縄そば」のカップ麺があったので店のおばちゃんに「お湯ちょうだい」って言ったら、「うちはそういう事してないの」って断られてしまった。仕方ないので民宿でお湯をもらおうと思って民宿まで戻って声を掛けたんだけど、電気はついているのに誰も出てこない。結局その日は晩ご飯抜きで「沖縄そば」のカップ麺は横浜へのお土産になってしまった。

 今朝も1本目の集合は午前9時半。昨日と同様ボートへの集合だ。昨日の朝のこともあったので、今朝は朝ご飯は軽目にしておいた。天気は快晴。朝の9時だというのに、もう「ひなた」にいると肌がチリチリする。民宿から見える座間味の海は今日もエメラルド色に輝いている。
 昨日東京から着いて我々と同じ民宿をあてがわれた人をピックアップするというので、我々も便乗することにして少し早目に道路に出ていたらヨーコさんが器材の詰まったメッシュバッグをいくつか乗せたトラックで通りかかった。昨日はオーナーの運転するワゴンに拾ってもらったけど、二人なら乗れるというのでヨーコさんのトラックに乗り込んでそのままボートまで。
 体操の後、早速器材のセッティング。ヨーコさんが「エアが早く無くなる人いますか?」と聞くので返事をすると「じゃ、このタンク使って」と渡されたのは10リットルのタンクだった。他のが小さ目だったので(これで少しは長持ちするな)と思いつつセッティングを行う。

 今回の座間味ツアー最終日の1本目はサクバル(佐久原)という阿嘉島の近くにあるポイント。
「太平洋戦争の名残の機関砲があって、そのそばに大砲の弾が沈んでいるので先ずラグビーボールみたいにそれを投げっこして遊びましょう」
「信管が外してないので落さないように、落すと破裂しますョ」
「その後、黄色いイソバナを見に行きましょう」
と、出港前に村田さんから説明があった。
 そしてボートは1本目のポイントを目指して走り始めた。

 いつものようにヨーコさんがアンカリングすると、エントリーが始まった。今朝はご飯を少な目にしたお陰で、そんなにお腹が張ってない。水面はまったくと言って良いほど波が無い。「湖のようや」と村田さん。7m程で着底して移動を開始する。今回もメンバーは10人を超えている。

 ダラダラと少し下って行くとやがて前方にすっかり錆びてしまった機関砲が斜めに立っているのが見えてきた。村田さんが指差す所を見ると炸裂した大砲の弾が一発ころがっていた。そして村田さんがやおら一発の弾を取り上げて近くにいた人に手渡した。大きさはラグビーボールほどであろうか。完全に錆びてはいるが、まだ弾の恰好そのままだ。水中で弾の投げっこをするなんて冗談だと思っていたのに、彼は本気だ。

(しまった、目が合ってしまった)

 村田さんから最初に渡された人とマスク越しに目が合ってしまい、次に私が受け取った。(ウワッ、重い!)受け取ると直ぐに左となりにいた人に渡してしまう。こうして次々と大砲の弾が手渡されて行った。その様子を村田さんのビデオが記録する。両手で受け取ったとたんに重さで沈んでしまった女の子。ワイフは手渡すのをあきらめて次の人を呼んでいる。しばらく弾で遊んでからイソバナの畑へと移動した。

 少し移動すると崖一面に黄色のイソバナが群生している場所へ出た。普通イソバナって赤なんだけど、なぜかここのは黄色いのだそうだ。崖の周りをしばらく回り込むがすごい数が群生している。時折そのなかに黒いウミマツが混じっている。なぜ黄色いイソバナがこれほど集まっているのかはオーナーも首をかしげていた。

 やがてアンカーロープが見えてきた。オーナーの残圧チェックを受け、少なくなった人が何人か浮上を指示される。こっちは10リッターのタンクのお陰で、もう少し大丈夫だ。ワイフとボートの下を少しの間ウロチョロする。そしてエキジット。
 こちらが先に上がり、ステップからワイフのウェイトベルトを受け取って次にフィンを受け取ろうとしたら、あろうことかワイフがフィンを外す時誤ってストラップを落してしまった。
「たいへん! 落しちゃったァ」
「なにやってんの?」
「だって片っぽが外れなかったんで、反対側を外したら両方外れてたんだもン」
「しょうがないなァ、取りに行かなくっちゃ」
と、その時オーナーの村田さんがワイフのストラップを手に上がってきた。我々のエキジットが終わりの方だったので運良く最後に上がってきたオーナーの目の前を落ちていったようだ。

 全員エキジットした所でオーナーが
「お昼に無人島へ行きたい人」と聞いてきた。
「ハ~イ」と何人かが手をあげる。
待ってました、と、もちろん我々も手をあげる。
ボートは座間味港入口の目の前にある無人島「阿慶名敷(あげなしき)島」に着くと、さっき手をあげた9人を降ろす準備を始めた。この島には桟橋など無いのでボートから島までは泳いで渡るのだ。それぞれの必要な荷物と皆のお弁当、それにお茶とオーナー差し入れのスイカの入ったクーラーボックスを頭の上にかかげて、無人島へ10m位の距離を泳いでいった。我々を降ろすとボートは座間味港へと帰っていった。現在の時刻は午前11時過ぎ。2本目の迎えは午後1時半に来ることになっている。

 上陸するとオーナーから教わった木陰へとまっしぐらに急いだ。とにかく日陰に入らないと全身やけどをしてしまいそうな太陽の光なのだ。オーナーから教わった木陰は真っ白な砂浜から急斜面を少し上がった所にあった。とりあえず荷物を降ろしホッとする。上陸したのは若者4人組と、北海道から来たと言う昨日ガイドを一人占めした若い夫婦、二人とも学校の先生だそうだ。それに昨日東京から着いて我々と同じ民宿に泊まっているチョット年の行ったオジサン、それと我々夫婦の計9人。

 お弁当を配り、ワイフがオーナー差し入れのスイカをいくつかに切り分けた。(お弁当は全部食べないで残した分で餌付けができる、ってキャノンの加藤さんから教わったっけナ)と思いつつ折り詰め弁当に取り掛かる。しばしの休息の後、残した弁当を持って砂浜へと降りていった。

 「火ぶくれしないように」とのオーナーの注意もあってTシャツを着てスキンダイビングを始める。この辺りの海もさすがケラマの海。ほんの水深1、2mのところから熱帯魚の水族館状態になっている。手に持った弁当のおかずだったイワシのフライに色とりどりの小魚が集まってくる。ハンバーグをほぐしてもアッと言う間に魚たちに囲まれる。ご飯粒にも寄ってくる。時々大きな魚も寄ってきて、時の立つのを忘れてしまう。

 この島は海水浴ツアーでも利用されているようで、浜辺にANAとかJALとか書かれた大きな日除けのテントが張られていた。真っ白な砂浜と透明な海。こんなところで海水浴だなんてなんてゼイタクな。

 約束の午後1時半を少し回ってボートがやってきた。今度もやっぱり少し泳いでボートに乗り移る。全員が乗り込むとボートはすぐに今日2本目のポイント、トナカ(東中)へ向けて島を離れた。といっても次のポイントは我々が上陸した無人島のすぐ近く、ホンの2、3分で着いてしまった。ここのポイントはクマノミの種類が豊富で、ケラマで見られるクマノミはほとんどここで見ることができるのだと言う。器材をセッティングする時にふと見たら10リットルのタンクがあったので、しっかりとそれを使わせてもらう。

 ヨーコさんがアンカーロープを結び付けてきたのを合図にエントリーを開始した。集合場所は水深約7m。着底してBCにエアを入れようとした時に事件が起こった。エアを入れようとインフレータの吸気ボタンを押すのだが左耳の辺りでボゴボゴっと音がして入らない。(おかしいなァ)と思った瞬間、目の前でボコボコ泡を吹き出して揺れている物がある。(あれ? なんだコレ?)と思ってよく見るとインフレータのホースではないか。(ウワァ!ホースが取れちゃったョォ)なんと私のインフレータのホースがBCから外れてしまったのだ。一瞬、呼吸ができなくなるのではないかと不安になったが、どうやら息はできている。村田さんかヨーコさんに知らせようと、タンクに取り付けておいた「バンガー」を何度か鳴らした。ようやくヨーコさんが気づいてくれてそばに来たので、はずれたホースを示すと浮上しろとのシグナルだ。
 (最後に来てトラブルか…)
浮上してボートのステップにつかまっているとオーナーの村田さんがやってきて
「どうした?」
「これが取れちゃってBCにエアが入らないんです」と外れたホースを示すと、
「昔はBCなんか無しで潜ったけどナ」
などと言いながら村田さんチョコチョコいじっている。「パチン」と音がして
「応急処置したから1本はいける、昔メーカにいたから大丈夫」
と言われ再び潜降して、皆と合流した。

 すっかり他の人を待たせてしまい、ようやく移動を始めた。移動を始めるとすぐにクマノミがチョロチョロしてる場所に来た。それも一種類や二種類の騒ぎではない。ほんの数メートル移動するとさっきのとは違う種類のクマノミがいる。
カクレクマノミ、ハナビラクマノミ、ハナクマノミ(幼魚…エラの後ろの線が2本、成魚…エラの後ろの線が1本)、セジロクマノミ、普通のクマノミ
深度は平均6m程度、上から射し込む日光も申し分なく、総天然色で観察できる。カメラを抱えて入った連中がそちこちで被写体を追っている。
(あっ! モンガラがいる!)
目の前にワイフがいたので合図した。ワイフは昨日もモンガラを見たといっていたので2日続けて見たことになる。ワイフがOKサインを返してきた。

 しかし、どうもBCが気になる。インフレータの接続部分からは絶え間なくエアがプクプクと抜けている。きっと外れた時にオーリングが飛んだのだろう。ま、浅いトコにいる分には大丈夫だろうけど…。ワイフのレギュも今の所フリーフローはおさまっているようだ。
 そうこうしている内にアンカーロープに戻ってきた。ここでまた残圧チェックが入る。もう少し大丈夫そうだ。何人かが浮上した後、村田さんの後について移動する。少し行った先に直径2mはある大きなまんじゅう型のサンゴがあった。その裏側にも良い形のカクレクマノミが家族を守ろうと必死になっていた。このクマノミは被写体としては最高だろう。何人かがレンズを向けていた。
 そして残圧60になった所で浮上した。

 港に戻り、器材をメッシュに詰めてボートから降りた。明日も続けて潜る連中は器材をそのままボートに置いて民宿へと戻っていった。

「まだ帰りたくないよォ!」

 思わずそう叫ばずにはいられないケラマの海であった。
 民宿に戻り、器材を洗い桶に浸けてザブザブと洗い、干し場に掛けた。(これでケラマの海ともしばらくおさらばだ)そう思うとちょっぴりセンチメンタルな気分になった。

 夕飯は昨日と同じ6時半、というのでシャワーを浴びてさっぱりとした所で民宿を出た。「アルデバラン」は座間味にそぐわないような洒落た作りで、外が暗くなってから飲んでると、フッと横浜か川崎のパブにいるような錯覚すら起こす。そんな店のカウンターに陣取り、オーナー手作りの料理をつまみにワイフとビールで乾杯する。そのまま自然とログブックのサイン交換に入り、今日の昼、無人島に渡った若者に「E-Mailで情報交換しよう」と名刺を差し出すと、
「あれ? ××ですか?」という。
「そう、××」と答えると、
「私、×××です」と、川崎にある××の半導体技術センターの略称を言う。
「えっ、僕も××です」と、その隣の若者も驚いている。彼はなんと私と同じ工場である。
なんだなんだァ、身内じゃないか。
すると隣にいた北海道の学校の先生のダンナの方が、
「僕の兄も××行ってます。原子力の方ですが」
さらにその隣にいた別の夫婦のダンナの方が、
「それじゃ、ウチのお得意さんだ」
半導体を商っているのだと言う。
世の中狭いとは良く言うが、ホントに狭すぎる。すっかり昔からの知り合いのような空気に変わり、座間味最後の夜もふけていった。