ハマナカ、クルサチ 1997年7月



 次の日の朝、5時半頃に目が覚めた。といっても、一晩中「ブーン」という外壁に取り付けられたクーラー室外機の低いうなり声と、夜中だか明け方だかに騒いでいた他の泊まり客の物音のおかげで熟睡できないまま朝を迎えた。
 今日は9時発の船で座間味へ渡ることになっている。このホテルからだと船が出る泊(とまり)港までは大した距離じゃないので、8時半ころ出ようかと思っていたが、万一のことを考え余裕を見て8時に出た。ホテルから表通りまで4、50mの距離をゴロゴロと2人分の器材を運んでタクシーをつかまえ泊港へ。泊港は南岸と北岸とに大きく別れており、我々の乗る船は「とまりん」というビルの前を過ぎて北岸から出港した。

 天気は朝から快晴、気温はとっくに30℃を超えているのだろう。我々が乗った座間味への船は「クイーンざまみ」というスマートな恰好の高速艇だ。那覇の泊港から約1時間の船旅で座間味港に到着。今朝ホテルから、3日間お世話になるダイビングサービスに電話を入れておいたので港に迎えが来てくれていた。船から降りた我々を出迎えてくれたのは広島から来ているという加藤クン。見た所まだ23,4といった所だろうか。同じサービスを使うというもう一組の家族連れと一緒に早速ショップまで連れて行かれた。

 今回お世話になるサービスは「沖縄リゾート」さん。この座間味の集落はあまり広くないので、港を出ると「あっ」という間にサービスに到着。すぐに受付をした。が、ここで第一の事件が起こった。何と一緒に来た家族連れが宿泊先を間違えていたのだ。彼らは海水浴目的でやってきて、似たような名前だったので一緒に来てしまったらしい。サービスの女の子の計らいで本来の民宿へと送られていった。

 そして我々はというと、このサービスに併設されている(といってもサービスが兼ねている)民宿が満員だったようで、別のところへ案内された。連れて行かれたのは民宿「みはらし」さん。もともとあった平屋を包み込むように上へ建て増しした構造の民宿だ。あてがわれた部屋に入ってみて、また「ウワァ…」。テーブルは無い、TVは無い、部屋はガラ~ンとしている。クーラーはあったが百円玉を入れると1時間動くコイン式。ここでもまた、
「ま、安いツアー、ゼイタクは言えないか」
「何もないのも、またいいもんだ」

 今日の1本目の船はもう出ちゃってるんで、11時半からの体験組みと一緒でいいか、と聞かれたのでOKしてある。あまり時間が無いので急いで器材をメッシュバッグに詰め替えて民宿の前の道路でピックアップされるのを待つ。民宿の前の道路といっても、目の前はすぐに座間味の海だ。真夏の太陽の下でエメラルドグリーンに輝いている。あたりを見回すが暑さのせいか人通りはほとんどない。

 やがてやってきた加藤クンの車に乗ってボートの置いてある桟橋へ。ここのサービスのボートを見てワイフが喜んだ。14,5人は乗れそうな立派なクルーザなのだ。ハネ上げ式のエントリー、エキジット用の金属ステップも船尾に付いている。これならば一番下のステップに腰掛けてそのままザブンと行っても大丈夫だ。別のサービスが使っている隣の船は、去年の石垣島と同じタイプの漁船である。

 「沖縄リゾート」さんのオーナーは村田さん。この道30年の大ベテランであり、このクルーザの船長であり、水中でのガイドである。アシスタントにヨーコさんという27歳の女性が付く。このヨーコさん、横浜から就職してきたとのことで実家が三ッ沢にあるのだという。三ッ沢なら私の家から車で10分もあれば行かれる所だ。
 出港前に桟橋で軽く体操をする。出港前にはいつもこの体操を行った。体をほぐした所でボートに乗り込み、器材をセッティング。
「いつもウエイト何キロ?」と船長の村田さん
「7kgですけど」と私。
「私は5kg」とワイフ。
「じゃ、8kgと6kgにして」と村田さん。
5mくらいの浅い所で浮かないようにオーバーウエイトにするんだそうだ。

 やがてボートはポイントに到着。確かにケラマの海はボートで10分も走れば大抵の所へ行けてしまう。ポイントは「浜中」、波は無く絶好のコンディション。今回一緒に潜るのは体験ダイビングの3人と我々夫婦。体験の人達はあまりの海の美しさに「ぜひ、もう一度」と潜ることにしたのだそうだ。他にお友達なのかスキンで2人参加する。
 ヨーコさんがロープを持って先に潜っていった。海底の岩かサンゴにアンカリングするのだそうだ。それを待って我々もエントリー。ジャイアントスライドで「ザブ~ン」と入った。プール実習の時にイントラさんが「20本位まで潜降の時ものすごく緊張した」と言っていたけど、確かにそうかもしれない。これが自身24本目のダイビングとなるが、潜降の時に緊張して息が上がるってことが無くなってきている気がする。それに今日は8kgのウエイトだ。肩口の排気弁を開くとスッと沈み始めた。ブリーフィング通りにアンカーしてある岩で集合。深度は5mほどしかない。

 下は白い砂、そのせいかメチャメチャ明るい。そんな砂地に点点とサンゴの塊が置いてある。そしてその周りを泳ぎ回るカラフルな魚たち。絵に描いたような座間味の海が目の前に展開する。それにしても水中であることを忘れてしまいそうな透明な海。
 少し移動してちょっとしたサンゴの畑を見て回る。オーナーの村田さんがビデオを回している。レンズをこっちに向けてVサインをしろと要求してる。こっちもついつい調子に乗って両手でVサインを返し、ついでにその手を左右に振ってしまった。
(しまった、うまく乗せられた)

 グルっと回ってボートの下まで戻ってくるとフリータイムになった。ブリーフィングで「残圧関係無しに今回はきっちり45分でエキジットする」って言われてある。最大7m、平均5mだと嫌になるほど潜っていられるそうだ。ボートの下の岩陰を覗いてみるとウツボがいた。村田さんを手招きして教えると、体験組みと一緒にしばらくチョッカイ出して遊んでた。

 やがて約束の45分になってエキジット。ワイフは前回城ケ島のボートダイビングでエキジットの時にフィンのストラップが外れなくて大騒ぎしたので、座間味へは新しいフィンを持ってきてる。今度のは親指と人差し指で両側から軽く押してやればパチンと外れる式の奴だ。桜木町のダイビング器材ショップ「セグロ」さんへフィンを見に行ったら、今のストラップは全部この式なのネ。初めに買った同じモデルのフィンもストラップの部分はこの方式のに変わってた。
 そしてボートはエンジン全開で座間味港へ戻った。

ログブックに書かれた魚は
ミツボシクロスズメダイ(成魚)…餌付けで囲まれた、デバスズメダイ…サンゴを出たり入ったり、ハナビラクマノミ、ミスジリュウキュウスズメダイ、カスミアジ、アネモネハタ、シャコ貝、ナンヨウブダイのオス、トガリエビス

 港に着くとお弁当を渡された。キャノンの加藤さんから「座間味に着いたらすぐにお弁当を頼むこと」って教わってたので受付した時に早速お願いしたのが効を奏した。お弁当が無かったら強烈なこの日差しの中、港の前の食堂まで200mほど歩かなければならないトコだった。

 2本目の集合は午後1時半、1本目から戻ってきたのが12時半をとっくに回っていたからあんまり時間が無い。日陰を見つけ、それでもお弁当をきれいに平らげて集合の少し前にボートへ戻った。さすがにワイフはお腹が張ると気分が悪くなるからとあまり食べていなかったが…。

 2本目はさっきの体験ダイビング組はおらず、全員がファンダイブを楽しむ。そして例の軽い体操の後、ボートの上で我々夫婦がオーナーから紹介された。今回一緒に潜る他の人達は、同じメンバーで既に何本か潜っているようでお互い顔見知りのようだ。そうだよなァ…。ここまで来たら最低でも2日間は潜ってくよなァ…。紹介も終わり、器材のセッティングが終わるとボートは2本目のポイントを目指して全速力で走り出した。

 本日2本目のポイントは黒崎(くるさち)、後で地図で調べたらイジャカジャと阿嘉(あか)島の間あたりだ。村田さんの指示でバディチェックができた組からどんどん潜降して行く。今回のツアーを通じてずっと同じスタイルだったが、潜降の前にアシスタントのヨーコさんがロープを持って先に潜ってボートをアンカリングし、次にバディごとにどんどん潜降してヨーコさんがアンカーロープを縛り付けた岩の辺りに集合する。

 この回のメンバーは総勢15名程だったろうか。透明な海だからこんなに大勢でチームになれるのだろう。見えない海じゃ迷子になっちゃう。
 オーナーの村田さん、結構わがままで、毎回ビデオを回しながら先頭を行くのだが、ご本人が楽しんでいらっしゃる。何か変わった生き物がいないかとビデオ片手にどんどん行ってしまう。ま、もちろん時々振り返って我々のペースに合わせてはいるのだが。
「それで何かあると怒られるのは私ですから」とヨーコさんも笑ってた。

 7mほどの海底で集合すると、村田さんを先頭に集団が動き出した。チョウチョウウオやツノダシなんかは当たり前すぎて注意も払わなくなるから不思議だ。魚の種類に関してもシロウトな私は、珍しいんだか当たり前なんだかもわからずに、ただもう「図鑑」で見た記憶がある魚ということで十羽一カラゲである。
 そしてチームは見事に広がっているテーブルサンゴを眼下に見ながら20m位の所まで降りて行く。それにしても、たくさんの種類の魚がいる海って言うのも罪な海だ。第一特徴を覚えきれない。それで魚を覚えるのはあきらめた。後で見たら、ログブックにはアカマツカサ、ツノダシ、チョウチョウウオ、カスミチョウと書かれていた。

 ゆったりと泳ぎながら少しずつ浅い方へと移動して行く。やがてあたり一面エダサンゴの林になった。見渡す限りのエダサンゴ。「ヒャーッ、スッゲー」
 ここのポイントはサンゴを見せる、というだけのことはある。ここいらのサンゴがこれだけ成長するのに一体何年掛かるのだろう…。とにかく「スゴイ!」しか言葉が出てこない。

 やがてアンカーロープが見えてきた。ブリーフィングで残圧80で教え、エキジット時には50残すこと、と言われている。ゲージを見ると60を指している。オーナーの残圧チェックに60と答えると即座に浮上のサインが返ってきた。後でワイフが「80って言っとけば良かったのに」と囁いていたが、そうもいくまい。まだ明日があるし、ここの海はガツガツしてはいけない気がする。

 この日の夕飯は港でのバーベキューだった。座間味港の横の段々になっている所でドラム缶を縦半分にした手作りのコンロに炭をおこし、午後6時半から鉄板焼きパーティーが始まった。が、スタッフの加藤クン、どうもうまく火を起こせない。それを見ていてついつい手が出てしまった。

 オーナーは料理人としてもなかなかなもので、シロ鯛のホイル焼きなどは「いい味」出してた。でも、この日はナイトダイビングのリクエストが入っていて、我々を除いた2本目に潜ったメンバーがほとんどナイトをやる、ということで彼らは食事もそこそこに7時半の集合へと散っていった。こっちはこっちで2本目のオリオンビールのロング缶をプシューっと開けて、厚木と相模原から来たという女の子の2人組と暗くなるまで海辺で雑談していた。

そして午後10時、サービスの裏にある直営のパブ「アルデバラン」でナイトから返ってきた人達とロギングが始まった。でも夜の10時なんて、もう「おやすみ」の時間に近い。眠い目で今日のビデオを見ながら、ログブックにデータと魚の名前を記録する。最後にオーナーが「ぜひ見せたいビデオがある」といって映したのが、ホエールウォッチングの映像だ。

 ここのオーナー、地元では割と有名なのか全国放送された番組に登場していた。年齢が48歳ということもわかった。また、20年来マンタの研究をしていて、潮とか温度とかの状況を見て、約8割位の確率でマンタの現れる場所を予測できるのだという。そしてマンタを見せる時にはスキンダイビングしかさせないのだという。いじめたり脅かしたりしなければ、マンタはイルカのように人間と遊んでくれるのだという。最後にオーナーが撮影したスキンダイビングでマンタと戯れているビデオを見せてくれた。

 安いツアーの割にダイビングサービスは当たったようだ。
 宿への帰り道、見上げた夜空に天の川が流れていた。