城ケ島ダイビング 1997年7月5日


 ホースから勢いよく水をかけ、愛車シビックを洗ってあげる。
 早く目が覚めてしまって、時計はまだ午前4時半。ちょうど夏の太陽が昇る時刻だ。

 今日はこれから三浦半島までダイビングに出かける。目的地は三浦半島の先端、城ケ島。今年の1月にオープンしたてのダイビングサービスを利用する。東伊豆まで出かけるとなると、今ごろの時間にボチボチ家を出ないと途中の渋滞に巻き込まれてしまうが、三浦半島となれば「こっちのもの」だ。10年ほどの間に覚えた畑の中の道を駆使すれば、大体1時間半あれば大概の所へ行く自信がある。
 今日は1本目が11時15分のボートで、集合は10時半と言われているので、少し早目に家を出て向こうで「日光浴でもしていよう」ということになっていて、我が家の出発予定を7時半と決めてある。

 定刻、という訳にはいつも行かないが、というよりワイフが一緒の時は定刻に出たためしが無いのだが、ともかくも8時前には家を出た。出掛けに道路情報で横横の「六ッ川料金所」で既に3kの渋滞が出ている、というので今朝は下を通って狩場インターから横横に乗ることにした。首都高だと狩場の合流で動かなくなることがミエミエだし、第一500円出して首都高で渋滞されたのではまるで割に合わない。(もう海の季節なんだなァ…。みんな遠くから海を目指して車を走らせてくるんだ。)

 いつもの道をいつもの通り走らせて、城ケ島には9時半少し前に着いた。今日一緒に潜る約束をしているへーさんの車はまだ見えない。車を止めたのは城ケ島の一番奥の県営無料駐車場。ここはダイビングサービスの目の前だし、定期観光船乗り場のすぐ側だし、駐車スペースも少ないし、で、いつもはなかなか止められないのだが、今日はちゃんと空いていた。
(ウン、幸先がいいゾ)
 初めてのショップだったので器材とか着替えとかのことだとかが心配で、すぐにダイビングサービスの受付に行って様子を教えてもらうことにした。受付には女の子が一人ボーッとしてた。
「おはようございます。今日お願いしてる痛です」
「チョット早過ぎちゃったんですが、どこでどうすれば良いのか教えて?」
「……。時間は何時って言われましたか?」
「え~と、11時15分って聞いてるんだけど」
「あっ! 痛さんですね? みなさんお揃いですか?」
「いえ、もう一人来ますけど…」
「それじゃこの用紙に必要事項を記入しておいて下さい」
「それから、ここの施設の見取り図がここにありますので説明しますネ」
と、更衣室やら器材のセッティング場所(チョット場所が離れてる)とかを教えてくれた。そして渡されたダイビングの申込書に必要事項を書き込んで受付にいた別のスタフの男の子に渡して表に出ると、ちょうどへーさんがやって来た。
「あっ! ちょうど良かった。へーさんのライセンス番号とかわかんなかったんでブランクで出してあるんだ。取りあえず受付してョ」
と、受付へ戻り手続きを済ませてしまうと後は急に暇になってしまった。
 あいにく外はヒドイ南風。目も開けていられないくらい。これじゃ「日光浴」どころではない。
「セッティングの場所とか下見しようか」とさっき教わったばかりの場所へ風と格闘しながら移動した。
 いるいる。ウエットを着込んでBCにタンクをセットしている人たちが結構いる。ワンボックスカーで5、6人まとめて連れてきているダイビングショップも何組か来ている。
「ボート乗り場も行ってみようか」と、へーさん。先になってどんどん歩いてく。

 ここのボート乗り場は岸壁から浮き桟橋までアルミかスチールでできた板を渡って上り下りすることになっている。今は潮が引いていて岸壁から下の浮き桟橋まで2、3mほどの高さの傾斜を降りることになる。板の幅は一人がやっと歩けるほどしかない。しかもうねりで上下動している。さっき遠くから見ていたら、ダイビングから戻ってきた女の子が落ちそうになっていた。
(なんか不安)
 浮き桟橋には漁船を改造したボート(といっても漁船そのもの)が横付けされていた。
「やっぱりバックロールかなァ」と、ワイフは早くも心配になってきている。こっちもそうだけど、バックロールなんて去年石垣島で初めてやっただけなんで、不安なのだろう。こっちなんかエントリー方法より岸壁から浮き桟橋への渡り板をフワフワと歩く方が心配なのに…。


 出発の30分前に集合がかかっていたので頃を見てショップに戻る。そしてブリーフィング。1本目をガイドしてくれるのは倉さんという女性のイントラ。目がクリクリと良く動く。今日は風が強いので「東島根(ヒガジマネ)」というポイントへ潜るらしい。ブリーフィングが終わり、早速ウエットに着替えてさっき下見した場所へと移動。器材をセットした。
 そして、器材を背負ってイザ船へ。ウエイトベルトを腰に巻き、タンクを背負って、両手にはフィンとマスクをぶら下げる。当然やや前かがみでトボトボと歩くのだが、さすがに例の「渡り板」の前では躊躇した。(本日最初の試練の時だ)
意を決して板の上を調子を取りながら降り始めた。
(な~んだ、そんなに揺れないや)
次はワイフが恐る恐る降りてきた。見るとさっきまで両手に持ってたフィンとマスクが無い。岸壁を見上げるとしっかりイントラが預かってくれていた。
 船は舷側を少し切り取って低くしてあった。さらにダイバーがタンクを背負ったまま腰掛けられるようにベンチが縦に2列作り付けられていた。こうして船はうねりの中をポイント目指して走り始めた。

 1本目のポイントに着くと、船はオレンジ色のブイに係留された。いつも1本目ってうまく潜降できなくって皆に迷惑かけるんで、そのことをイントラに伝えたら「ブイに潜降ロープが結んであるから大丈夫」と言われ一安心。
 水面までの高さもあまりないのでジャイアントスライドでザブーン!と海の中へ。一度全員がブイの周りに集合して、へーさんと我々夫婦の3人バディから潜降開始。イントラの指示通り私とワイフはしっかりと潜降ロープを手繰りながら海底へと降りていった。
 しかし、見えない。視界は2、3mといったところか。それにミズクラゲの大軍。10mほど降りて海底へ着いた。ここまで降りると視界は5、6mに回復していた。でも伊豆の海とはずいぶん様子が違う。ガイドの倉さんが人数を確認して動き始めた。
 今回のチームはへーさんと我々2人+女の子同士の2人+今日2本目と言う男性の6人編成。ここのポイントは島の北側に位置しているせいか、大きな魚が少ない。倉さんはしきりに崖を懐中電灯で照らしてゴソゴソしてる。手招きされて近づくと奇麗な色のアオウミウシがいた。でも相手の大きさ(5cm位)に比べて人間の頭のなんと大きな事か! そんなに一ヶ所にかたまったってムダだって。

 こっちも真似して目を皿のようにして崖を探すのだけれど、何もいない。いや、見つからない。そこでフィッシュウォッチングはちょっとお休みして、一人でホバリングの練習をする。雑誌に呼吸方法で浮き沈みを調整する、ていうのが載っていたので試してみる。基本的には海底に腹ばいになってから浮き沈みするっていう、アレなんだろうけど、ホバリングって体がどこにも触れていない分(浮いちゃうんじゃないか)という不安感から抜けられない。浮き始めたらBCからエアを抜いちゃえばイヤでも沈むって、わかってるんだけど、そこがまだ20本目の経験不足なんだよナァ…。ここのところ潜るたびに色々試してみて、色々な勉強ができるのが嬉しい。一度、今のウエットで適正ウエイトを調べてみたい。

 また倉さんが何か見つけたようだ。皆が額を寄せ合っている。慌てて行ってもムダだから、人がいなくなってからソッと近寄ってみた。今度は白いウミウシだ。ウミウシって磯にいるナメクジの化け物みたいな奴かと思っていたけど、奇麗な色をしている。近くの岩陰にガンガゼの長い針が見える。20cm位の透けた白の体に沿って黒い線が3、4本入っている魚が「つがい」で泳いでいる。 そうか! ここには南方系の魚の姿が無いんだ。伊豆よりもしばらく遅れて入ってくるのかも知れない。  こういうマクロ系の生物を見ていると、やっぱり写真をやりたくなる。
ついこの間「水中カメラが欲しいなァ」と言ったら「そんな余裕無いでしょ!」と一言で交渉決裂してしまった。

 アケウスとかカサゴとかそんなものをウオッチングしながらあまり広くない範囲を移動すること40分。倉さんから浮上のシグナルが出た。潜降する時に使ったガイドロープをこんどは逆に使って浮上を始めた。そして5mで3分の安全停止。ここのダイビングサービスは船の時間でスケジュールされているので、大体40分位で切り上げているようだ。残圧のチェックも途中1回しかなかった。

 最大深度14.7m、水温20.2℃、安全停止3分を含め40分のダイビングだった。


 乗船する時と逆の手順で岸壁の上まで登った。例の「渡り板」は登りの方が楽チンだ。先に上ったワイフは一刻も早くタンクを降ろして楽になりたいのだろう、サッサと器材のセッティング場所へと向かっている。
 2本目の準備を済ませるとようやく昼だ。この辺りは土産物屋さんが多いけど磯料理屋さんもチラホラある。時計は既に1時を過ぎていて、とにかく目に付いた食堂に飛び込んだ。
「ウエットのままでいいですか?」
「いいよ。ほら2階から何か敷くものもっといで」
と言って店のおばチャンからビニールの袋みたいな物を渡された。それを椅子の上に広げて準備完了。
 メニューからへーさんと私は「刺し身の盛り込み定食」と、ワイフは「磯物定食」を注文した。どちらも\1,500なり。やがて料理が運ばれてきて、やっとお腹も満足した。

 食事を終え、チョット岩場の方を散歩してみたが、強風になぶられ立っているのもやっとという状況なので早々にショップに戻った。ここのショップは以前はレストランだった面影がそこら中に残っている。テーブルも椅子もカウンターの作りまでも多分そのままにしてあるのだろう。
 ショップの壁に今日のボートの予定表が掛かっていた。見ると2本目の出港は3時15分とある。本日最終のボートだ。

 2本目のブリーフィングがあるのかどうかわからなかったが、取りあえず30分前には集まろう、ということでワイフはウエットを着に更衣室へ、私とへーさんは1本目のブリーフィングをしたテーブルへと移動した。どうも初めての場所というのは勝手が違う。が、さすがへーさんは130本の経験者、先へ先へと行動してる。頼もしいこと、この上ない。
 そこへ登場したのが2本目をガイドしてくれる伊藤さん。ロギングの時に名刺を貰ったが、チーフガイドの肩書きがついていた。笑顔がやたら少年っぽい。さっき一緒だった女性の2人連れが今回も一緒のようだ。ワイフ以外の全員が揃ってしまったので、そのまま、なし崩し的にブリーフィングに突入した。
「よ~く探すとウミフクロウの卵がありますので見つけてみましょう」とか
「ジョウガシマの名のついた生き物もいるので探しましょう」とかで、ホワイトボードに生物の絵を描きながらのブリーフィングとなった。

 そして2本目。ワイフは荒れた海がよっぽどこたえたのか「やめようかなァ」などと、のたまわって意気地が無い。それでもズルズルと船に乗ってしまった。
 ポイントは1本目と同じ「東島根(ヒガジマネ)」。漁船はしぶきを上げながらポイントへ向かって驀進(ばくしん)する。到着して係留したブイもさっきと同じだ。後ろでドタッ、バシャンという派手な音がした。振り向くと女の子がエントリーの時に船べりに足を引っかけたらしく海に落っこちていた。船頭さんが「だいじょぶか?」と聞いている。
 こちら側ではワイフも危なっかしく立っている。さっきよりも“うねり”が大きいようだ。重いタンクを背負って立ち上がるにも、海に振り落とされそうで大変だ。マスクも押さえずにジャイアントスライドしようとしているワイフに向かって「しっかりマスクを押さえとけ!」と声をかける。一足先にエントリーしたへーさんも下から心配そうに見上げている。
 最後に私がエントリーして、1本目と同様ブイに集合。潜降ロープを手繰って海底へ向かった。相変わらず視界は悪い。すぐ下をヘッドファーストで潜降して行くワイフと手繰っているロープ、それに塊となって行く手を遮るミズクラゲの大軍以外なんにも見えない。そのまま潜降して海底に着いた時には、やはり視界は5m位。浅いところが濁っているせいか、あるいは海草が茂っているせいか、なんだか薄暗い気がする。海底に巡らしてあるガイドロープがまだ新しい。 いけね! 動き始めた時方位を見るのを忘れた。

 たぶん1本目とは違う方向へ案内されているのだと思うが、どうも似たような景色に思える。深さも13、4mと1本目とほとんど同じだし…。
 懐中電灯で色々探していた伊藤さんが手招きしてる。何を見つけたんだろう?近づくとベージュがかった色のゼラチン質の物体がとぐろを巻いている。「ウミフクロウの卵」と水中ボードに書かれていた。こいつは一度見つけると簡単にアチコチで見つけられた。中には真っ直ぐになっているものもあった。よく見ると背中にコケのような海草をつけた手のひらサイズのサザエが転がっている。岩の間をせびれの付け根が白くなっているマツバスズメダイが数匹で泳いでいる。数は少ないがキタマクラもいた。見上げるとヘーさんが懐中電灯片手に岩陰を熱心に覗いている。ワイフはイントラを追い掛け回しているようだ。
 目の前を“めだか”をうんと太らせたような小魚の群れが通りすぎて行く。ウミタナゴの幼魚だそうだ。しかし、いつも思うのだが同じ場所を潜っていてどうしてこうも見た魚が違うんだろう…。上がってきてログをつけている時に「どこそこに居たカクカクシカジカの魚は何ていう名前?」とかワイフなんか良くイントラに聞いているけど、(そんな魚見てないョ)ということが多々ある。

 しばらくして海草の根元で横たわっている白っぽい小魚が目にとまった。
(死んでるのかナ)
と、近づいたらイントラの伊藤さんもやってきて「ヒメスイがタナゴを捕食してる」と教えてくれた。まだ咥えて間もない様子だった。魚が魚を食っているところなんか初めて見た。イントラを追ってワイフもやってきた。手でパクパクとやって「魚を食っている」って教えたつもりだったけど気づいてもらえず、徒労に終わった。

 そうこうしてるうちに元のところへ戻ってきた。伊藤さんから「浮上」のサインが出た。今回も5mの所で2分間の安全停止。なぜか浮上の時はクラゲが気にならなかった。今回は残圧チェックも無かった。もっとも自分ではこまめにチェックしてたけど。
 浮上した所でBCにエアを入れる。相変わらずうねりがスゴイ。漁船が右に左にと大きくかしぐ。ワイフが船に乗り込む時、またフィンが外れなくってジタバタしてる。レギュを咥え直して水中から外すのを手伝った。どうもこのフィンはワイフには外しにくいようだ。

 こうして私21本、ワイフ19本目のダイビングが終わった。最大深度14.8m、水温18.9℃、33分間のダイビングであった。


 船から上がり、器材をザッと水洗いするとシャワー室にとびこんだ。

 う~ん。きれいなシャワー室だ。女性用のシャワー室は男性用の倍の広さがあるのだそうだ。やはり女性ダイバーが多いのかなァ…。それとも女性を優遇しないとお客さんが来ないのかなァ…。しかも我々の船は出港が20分ほど遅れたこともあって、桟橋に戻ってきたのも最後だったから、このシャワー室は貸し切り状態になってしまった。

 シャワーを浴びてサッパリした所で早速ログブックを開いた。今日はいつもの伊豆と違ってマクロ系の生物が中心だったから、ログも簡単。ひとしきり一緒に潜った者同士サインの交換をして、さらにイントラのサインを貰って、へーさんともども夕日でオレンジ色に染まる城ケ島を後にした。