初島ダイビング(1998年6月26日)
今日のダイビングの目的地「初島」は熱海港から定期船で約25分。熱海の沖合12kmの洋上に浮かぶ東西約1.2km、周囲約4kmという小さな島である。今回は痛さんの会社と関係のある会社に勤めていてダイビングのガイドに転職してしまった東伊豆・富戸のダイビングサービス「シーフロント」冨樫さんからのお誘いで、オープン前の初島に潜らせてもらえる事になったのである。
午前8時45分、今日の集合場所である熱海港の待ち合い室に近い駐車場に車を置くと、器材が詰まったバッグのキャスターが発するゴトゴトという騒がしい音を響かせて「待合室」へと急いだ。横浜では薄日が差していたが、小田原あたりから降り始めた雨は、ここ熱海では本降りになってきている。
「待合室」には既に今日一緒に潜るヘーさんが来ていた。
「おはようございます。へーさん、早いですねェ」
「う~ん、8時40分頃着いたかなァ…」
へーさんとは半年ぶり位になるワイフも
「お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」
などと挨拶を交わしている。
平日だと言うのに「待合室」には他のダイビングサービス主催の初島ツアーに参加する人たちとか、見るからにどこかの島へ釣りに行く格好の人達とか、で結構にぎわっている。痛さんは熱海港に来たのは始めてだったが、ここって伊東へ行ったり、大島へ行ったりの定期便がかなり出ていて便利なようだ。
集合時間の午前9時になって、今回のツアーを企画してくれた「シーフロント」の松本さんから集合がかかった。松本さんとは初対面だが、伊豆の富戸で見かけているのだろうか、「初めて」という気はしない。目元に特徴のある好青年というイメージだ。
集まったのはへーさんを含めた我々3人と、「シーフロント」の常連さん男女2人づつの合わせて7人。松本さんからそれぞれ紹介された後、熱海港・初島間の往復乗船券を渡され、
「船は9時20分に出ます」
「船の中の自販機は150円なので、何か飲みたい人は今のうちに表の自販機で買っといた方が良いですョ」
などのアドバイスを受けた。
その松本さんに
「冨樫さん、まだ耳が良くないの?」
と聞いたら
「風邪引いたり、耳傷(いた)めたりで、色々重なっちゃって…」
との答え。海の中のガイドで耳は大事な商売道具。無理して長引いたりしたら、それこそ「おおごと」だ。
そして初島へ渡る定期船は、定刻通りに熱海港を離れ、降りしきる雨の中を一路初島を目指した。
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約25分の船旅で初島に到着。雨の中、出迎えた軽トラックにワイフとの二人分の器材を積み込む。他の人たちもそれぞれ自分の荷物を積み込む。そして我々は歩いて海岸沿いのダイビングサービスに向かった。
歩くこと約5分。目の前には8月1日オープン予定の「初島ダイビングサービス」の見るからに真新しい建物があった。さすがにオープン前だけあって何から何まで新しい。嬉しいことに、こころもちか雨脚も少しおさまってきたようだ。
∞
1本目
「初島ダイビングサービス」でウエットに着替え、ウエイトを渡されると、我々はメッシュバッグと共に軽トラックの荷台に載せられ1本目の「ニシマト」へと向かった。
遊園地の乗り物のように右に左にと軽くゆすられて「ニシマト」のエントリー場所に着くとワイフが思わず
「エントリー大丈夫かなァ」と小声を漏らす。
かなり潮が引いているせいなのか、エントリー用のコンクリートのスロープがまるまる現れていて、その先の岩場の間を越えて行かなければ「海」が無い。しかもコンクリート・スロープの先端、いつも波に洗われている部分には海藻がうっすらとしていて、滑りやすそうだ。
軽トラックから器材を降ろして、セッティングが終わると早速ブリーフィングが始まった。
「エントリーですが、フィンを手に持ってそこのスロープの先から海に入り、腰くらいの所でフィンを履いて下さい」
「フィンを履いたら少し水面移動して、それから潜降します」
「フィンを履く時はBCにエアをパンパンに入れちゃうとバランスが悪くなるので、入れすぎない様に」
「潜降すると送水管があるので、それに沿って進みます」
「先の方にタイヤを沈めた漁礁があるので、そこまで行って帰ってきます」
「帰りも送水管に沿って戻ってきましょう」
「もし、はぐれたら送水管に沿って追いかけて下さい。必ず見つかります」
「何か質問ありますか?」
「…、…」
「じゃ、行きましょうか」
という訳で、我々は未知の世界への探検隊よろしく、おずおずと海へ入っていった。
なんとかフィンを履くと10mほど沖へ泳いで、潜降を開始した。雨は小降りにはなったが、まだ降り続いている。海の中は浮遊物が多くて透明度は良くない。送水管は海藻にビッシリと覆われていたが、すぐに「それ」と分かるほどハッキリとしている。
(これなら迷子にはならないナ)
などと思いながら松本さんの後をゆっくりとついて行った。
-15mあたりまで来ると少し透明度が回復して、それでも8m程だろうか。この辺の海藻は茶褐色が主体のせいか、色に乏しい。あるいは上では厚い雲の間から雨が降っているので、光量が絶対的に不足している方が大きく影響しているのかも知れない。
しかし、魚の数は富戸に負けない位に多い。まだ制限されていて「人」が入っていないようなので、自然系がそのまま残っているお陰のようだ。
ゆったりとしたペースで送水管を伝ってくると、やがてダム工事用の車両に使うようなとんでもなく大きなタイヤが幾つか重なって沈められている場所へやって来た。
(ここがブリーフィングで言ってたタイヤの漁礁だナ)
沈められたタイヤの数は、とにかく「たくさん」。だいぶ以前に沈められたようで、既にそれぞれが魚たちの棲み家になっている。-20mのここいらで水温は20℃くらいあるが、水温がもっと低い時にはネコザメなんかが集まっているのだという。
透明度はもっと回復していて10mほどになっただろうか。暗いせいか海の中がとっても静かだ。ビッグサイズのタカノハダイが悠然と泳いでいる。
タイヤの漁礁でしばらく「お魚ウオッチング」を楽しんで帰ることになった。ブリーフィングの時に「漁礁で残圧80でも楽に帰って来れますから」と言われていたので、まだ大丈夫そうだ。
帰り道は今来た道を引き返すので迷う気遣いはまったく無い。が、チョット気を抜くとガイドの松本さんとの距離がすぐに開いてしまう。かなり一生懸命フィンキックしないと追いつけない。時々ゲージで残圧をチェックするが、みるみる減って行く。
(マラソンの最後の1キロって感じかナ)
などと思っていると、松本さんがインフレータを持って何か合図を送ってきた。「もっと排気しろ」と言っている。
(変だなァ。さっき十分に排気したハズなんだけどなァ)
と思いつつ排気状態を見上げながら排気してみるとゴボゴボと抜けて行く。後で聞いたら、「帰りは沖出しの潮に逆らってきたのでチョットつらかったですけど、BCの排気が不十分なための浮力にも逆らおうと下向きに泳いでいたんで、さらにつらかったと思いますョ」とのこと。
やがて最近張ったばかりのトラトラ模様のロープが見えてエキジット。エキジットも浅い所でフィンをはずしてゴロタをコンクリートスロープへと上がってくる。
1本目から上がった時には雨は上がっていた。しかし灰色の厚い雲は相変わらず低く垂れ込めたままだ。器材をバラすと、来る時と同じに我々は再び軽トラックの荷物となってダイビングセンターへと運ばれて行った。
最大深度-20m、45分のダイビングであった。
∞
2本目
ダイビングセンターへ戻るとしばしの休息を取った。時計は既にお昼を過ぎているが、帰りの船の都合とかも手伝ってか、このまま2本目を潜ってその後昼食にするそうだ。ちなみに今日の2本目はセンターの目の前からエントリーする。
センター前のスロープをダラダラと10mほど下って早速器材のセッティングを始める。ワイフは8ヶ月ぶりのダイビングであったが2本目になると余裕を取り戻してきたようだ。 そしてブリーフィング。
「ここはフタツネといってソフトコーラルが美しい所です」
「その場所を通る時はフィンで蹴って傷めない様に中層を泳いで下さい」
「もし、中性浮力が取れない様だと迂回して行くことになります」
「1本目と同じようにフィンは海に入ってから履きましょう」
「フィンを履いたら水深が取れる所まで水面移動します」
ここのエントリー場所もコンクリートで波打ち際までスロープが作られているので満潮の時は具合がよさそうなのだが、今日はかなり潮が引いているようでスロープの切れ目の少し先が波打ち際になっている。そのためにフィンを片手に「ヨイショ」っと足場の悪い岩を越えて行かねばならない。タンク背負ってるとこれが「恐い」んだよね。それでも手近な岩に体を預けて何とかフィンを履くと沖へと泳ぎ出した。
ブリーフィング通り少し沖へと水面移動して潜降開始。一気に-8mほどの海底まで潜降してしまう。
(なんか左の耳の抜けが悪いなァ…)
(夕べ熟睡できなくって寝不足のせいかなァ…)
などと思いながら、少し浮いては耳抜き、をしながらチームと共に移動を開始した。
しばらくダラダラと降りて行って砂場へと出た。
砂場には大きなサカタザメが砂をかぶって隠れていたが、ガイドの松本さん、手で水流を作ってそっと砂を吹き飛ばしてしまった。
(うわぁ! デカイ!)
そしたら松本さん一緒に潜った女の子に
「グローブはずして触ってみろ」
と合図している。
言われた女の子「ラッキー」とばかりにサカタザメの背中をなでている。後で聞いたらサメ肌でザラザラしていたそうな。
砂場には他にヒラタエイなども潜(ひそ)んでいた。カワハギがやたらと泳いでいる。しばらく砂場を移動していると、またサカタザメが見つかった。今度も松本さんそっと砂を取り払うと「背中を触ってみろ」と合図を寄越す。横にいた女の子と私とでグローブをはずして近づくと、とたんにサメさん慌てて逃げてしまった。
(ウ~ン! 残念!)
(もうチョットだったのにィ!)
このあたり-20mチョイの感じは富戸の砂場の感じに良く似ている。
サメにチョッカイを出しながら砂地を後にして岩場へと上がってみると、そこは見渡す限りのソフトコーラルの畑になっていた。
(ここがウワサのソフトコーラルかァ)
(確かに岩場でゴソゴソやったら根こそぎ壊しちゃうなァ)
(なんかキンチョーするなァ)
などと思いながら、眼下に巨大なイソギンチャクのように揺れているソフトコーラルを見ながら進む。確かにおびただしい数のソフトコーラルが群生している。
(これで天気が良くて透明度が良かったら、きっともっとスゴイんだろうなァ)
などと感動してしまう。
やがてソフトコーラルの群生が途切れかけたあたりで、松本さん、岩の穴をしきりと覗き始めた。そして、ある穴の中をライトで照らしながら「見てみろ」と皆を呼んだ。一度に大勢で行っても穴の入り口が狭いので少し離れていたら、ワイフが一番熱心に覗いている。少し遅れてこっちも覗いてみたら、穴の中にはネコザメが後ろ向きで隠れていた。頭を奥に突っ込んでいたので顔は見えなかったが、しっぽからお腹にかけて少し灰色のサメがライトの先でジッとしていた。
その場を離れしばらく行った所でガイドの松本さんがしきりと上を指差す。見上げると海面近くを暗くするほどの小魚の群れがいた。キビナゴかイワシの幼魚だろうということだったが、とにかくものすごい数の小魚が右に行ったり左に行ったり、集団で動きまわっている様子はまるで雲のようだ。
そしてエキジット。エントリーの時の逆で浅瀬でフィンを脱ぎ、ゴロタに苦労しながらスロープへと上がった。
上がってみると完全に雨は上がっていて、あたりも明るくなってきている。スロープの端にいた漁師風のオジサンが
「耳栓しないのかね」と聞くので
「エェ、耳栓はしないですね」
「それで何メートルくらい潜るのかね」
「エェッと今で20mチョットですか」
「ヘェ~、そんなに潜って耳栓無しで大丈夫かね。オレなんかとってもダメだ」
オジサンの側(そば)にはサザエが一杯詰まったカゴが置いてあった。このオジサン素潜りでサザエを取っているらしい。
後でワイフが
「ダイビング中にサザエなんか取ってないか見張ってたんじゃないの?」
2本目は、最大深度-23m、47分のダイビングだった。
∞
ザッと器材を洗って真新しい干し場に乾すと、ようやく昼食となった。行った先は「シーフロント」さん御用達なのか、ダイビングセンター並びの数店を通り過ぎた、かなり先の「山本」という定食屋さん。
とりあえずビールで乾杯して、料理が出てくる間を利用してロギングタイムとなった。松本さんから今日潜ったポイントの地図を渡されてコースを教えてもらったり、ひとしきり道中で見かけた魚の話しで盛り上がった頃に料理が出てきた。
痛さんだけが「磯定食」でその他全員は「イカ定食」。でも、ここの「磯定食」はお勧めです。ビールのつまみに刺し身をつまんで、ご飯のおかずに刺し身を食べて、それでもまだ余ってしまうほどの「刺し身」の量。これで2,000円。「イカ定食」もイカの漬(ず)けが、ご飯が隠れるほど敷き詰められていて、食事中は皆さん一言もない。
帰りの船は午後4時40分、定刻通り初島港を離れた。船の中ではゴロリと横になる。そのまま目を閉じていたら、ゴトゴトと響くエンジン音が睡眠薬となりス~と意識が遠のいた。