富戸(脇の浜)



 これが同じ富戸の海?

 盆休みを利用してやってきた富戸の海であるが、今日は海に向かって左側の「脇の浜」を潜っている。海洋実習で「ヨコバマ」を潜って以来、富戸は3年通っているが、ここ「脇の浜」は今日が初めてだ。

◇  ◇

 盆休みの交通渋滞を考えて、今朝は午前3時起きで4時半過ぎにワイフと二人横浜の自宅を出た。東伊豆の富戸までのルートはいつもと同じ。横浜新道から海岸沿いの国道134号線に入り、西湘バイパスへ。そのまま海岸沿いに真鶴道路、湯河原、熱海と抜けて国道135号線を伊東まで走り、伊東から川奈港への裏道を通って富戸へと抜ける。

 さすがに盆休みの真っ只中だけあって、こんなに朝早いのにところどころで渋滞になり始めている。それでも6時前に西湘バイパスのパーキングに到着。いつもの通り、トイレ休憩してワイフへと運転を交代する。

 次に休憩したのは駐車場の広い網代(あじろ)のセブンイレブンだ。ここで朝食用のおにぎりとサンドイッチを仕込み、再び痛さんへと運転を交代する。道路は熱海から網代あたりまでが一番混んでいたかもしれない。だが、ここ網代から伊東まではスムーズに走り、伊東からの裏道はたまに行き交う車があるだけで、まるで空いていた。

 そして午前8時、富戸の漁港に到着。今日の集合は「シーフロント」さんに午前9時。まだ時間があるので漁港の駐車場に車を止めて、おにぎりとサンドイッチの朝食を摂った。

 今日利用するダイビングサービスは「シーフロント」さん。会社関係で知り合った冨樫さんが2年前ガイドに転職した就職先だ。冨樫さんとは2年前ガイドに転職する前に一度だけ一緒に潜ったことがある。場所は富戸の「ヨコバマ」だった。

 約束の9時には大分間があったが、とにかくシーフロントの専用駐車場に車を置くとレストランを兼ねている建物へ行ってみた。
シーフロントの前まで行くと若い男性スタッフが何か仕事をしていたので、
「おはようございます」と声をかけた。
「今日2ビーチお願いしているオオタですけど、冨樫さん来てますか?」
「いえ、今ビーチに行ってると思いますけど…」
「そう…。車、駐車場に置いてきたんだけど、器材どうしたらいい?」
「あぁ、そこへ置いといて下さい。」

 どうも初めての所だと勝手が分からなくて困ってしまう。一旦、道路を隔てた駐車場まで器材を取りに戻り、メッシュバッグごと指示された場所に置くと、言われるままにレストランのある建物へ入って行った。建物の中は、受付用のカウンターの奥に大小のテーブルが5つばかり置かれており、丁度朝食の時間なのか宿泊客と思える人達がほとんどのテーブルを占拠して食事をしている。

 その中に混じってワイフと二人ポツンとダイビング雑誌を見ていたら、しばらくして肩をたたかれた。驚いて振り返ってみると見覚えのある冨樫さんの笑顔がそこに立っていた。
「ヨォ! 冨樫さん、久しぶり!」
「こんにちは、宜しくお願いします」
と、ワイフともども2年ぶりの懐かしさをこめて挨拶を交わした。

 そして今日の予定を打ち合わせる。
「今日は3本予定してるんです」と冨樫さん。
「午前2本、午後1本ですが、計画ではオオタさんは午前の2本目から間に昼食を挟んで2本の予定です」
「2本目は10時頃の予定ですが、今から1本目の人達と一緒に海へ行って時間をつぶしててもいいし、ここに居て2本目から合流してもいいし、どうします?」
と聞かれたので、時計を見るとまだ9時少し前。チョット考えて「時間までここに居る」と返事をした。

◇  ◇
1本目

 10時を大分過ぎて到着の遅れていた人が一人やってきた。我々はいつでも出られるようにウエットに着替えていたので、その人の準備ができた所で待機していたスタッフに「脇の浜」へと車で送ってもらう。

 「脇の浜」へ着くと冨樫さんからブリーフィングを受ける。
「これから『土管』というポイントへ行きます」
「そこから残圧を見て砂地へ行きますが、状況によっては戻ります」
「万一はぐれたら、船が多いので上を良く注意して浮上して下さい」
「潜降はガイドロープを使ってそのまま潜降して行きます」

 ブリーフィングが終わると直ぐに器材のセッティングを始めた。ワイフがBCにタンクを付けようとしていてマゴマゴしていたのか、冨樫さんが手を貸している。
「この前どこで潜りました?」
「セブで潜ったんだけど、セッティングはみんなやって呉れたから」とワイフが答えている。

 そしてエントリー。
 ここ「脇の浜」のエントリー場所もヨコバマと同じようにコンクリートのスロープが波打ち際まで続いている。今日は「小潮」だとかで潮がそのスロープの上の方まで来ているので楽なエントリーができる。

 ワイフに続いてスロープの端から泳ぎ始め、ガイドロープを手繰りながら潜降する。冨樫さん、目の前を行くワイフの肩口の排気バルブのひもを引いてBCから余分なエアを排気している。それを見てこちらも排気バルブのひもを引く。ガイドロープの張ってあるあたりはゴロタと呼ぶには大きすぎる岩がゴロゴロしている。それが過ぎると砂場になった。

 砂場で全員が集合したことを確認して冨樫さんが動き出した。今日のメンバーは、我々夫婦と、少し遅れて到着した村上さん、それと既に1本潜っている石橋さん、同じく内田さんの5人のグループだ。石橋さん、内田さんは写真派のようでそれぞれゴツイ水中カメラを持ち込んでいる。

 エントリー前にエアの消費が早いことを伝えておいたせいか、ゆったりとした速度で沖へ向かって泳ぐ。それでも最近は大分エアがもつようになってきた。30本半ば頃まではバクバク吸っていたようで残圧30でエキジットしてワイフは100以上、なんてことが良くあった。

 あたりは夕暮れのように薄暗い。もっとも地上では今にも降り出しそうな天候なので暗いのは仕方が無い。見渡す限りの砂地がずっと続いている。ダイバーの多いヨコバマから逃げてきたのか、割と大きなサイズのタカノハダイやらカワハギやらが多く見られる。

 しばらく泳いでやってきた場所はアオリイカの産卵床。大分以前に産み付けられたアオリイカの卵が薄茶色になっている。その卵に向かって冨樫さんが手のひらで水流をあて始めた。すると1cm位の小さなイカがハッチアウトして飛び出してきた。良く見ると一人前に小さなスミを吐いている。そうやって何匹かのイカをハッチアウトさせてその場を離れた。

 そこから少し離れた小さな岩の所で冨樫さんが手招きしている。近づいてみると30cmほどのネコザメがジットしていた。こいつは我々が近寄っても逃げる様子はない。いかにも「うるさいなァ」といった顔つきでこちらを見ている。

 ネコザメを後にしてまた少し砂地を移動して行くと、次は縦横がは2、3mはありそうな大きな岩の塊の所で止まった。そこで冨樫さんが指し示したものは大きなベニイザリウオだった。ここのベニイザリウオは夫婦だそうで、手のひらほどの大きさのメスのベニイザリウオの20cmほど下にチョット白っぽいオスがいる。オスのベニイザリウオは体長が10cmくらいのものだろうか。あるいはそれよりも小さいか。我々ダイバーの姿が見えているのかどうか、ジッとして動かない。
 それにしてもイザリウオって変な格好の魚だ。魚というよりは足のような物があって、動物に見えてしまう。移動する時はホントにズリズリとするというのだから、まったく動物だ。それでもタマに泳ぐらしいが、一体どんな格好で泳ぐのだろう? 想像すると可笑しくなってしまう。

 ベニイザリウオの夫婦に別れを告げて、冨樫隊の一行は「土管」へとやってきた。そこには文字どおり直径1m以上は楽にある「土管」が口を上にして埋まっていた。そして「土管」の口のあたりや内側には海草が根を下ろしていて色々な魚が集まっている。

 あたりは相変わらず薄暗いが、今日はエントリーの時からダイバーの数が少なかった。盆休みってヨコバマはエントリー用のスロープが渋滞するほど混雑するって話しだけど、この脇の浜はいたって空いている。もしかしたら今この時間帯に潜っているのは我々だけかもしれない。周りをグルリと見回すが、魚の姿以外ダイバーらしき影は見えない。時折頭上を通る船のエンジン音が聞こえるが、印象はすごく静かな海だ。


 そして帰路についた。ところが帰り道にもチョットしたドラマが待ち受けていた。「潮」だ。「土管」へ向かう時にも流れていたようだが、あまり流れは感じなかった。が、帰りにはその沖出しの流れに逆らって戻るハメになってしまったのだ。ガイドの冨樫さんの後について懸命にフィンキックするのだがジリジリとしか進まない気がする。そのうち冨樫さんがワイフの手を引き始めた。
(あっ! いいなァ)
と思ったら、こっちにも手を伸ばしてきて「つかまれ」と合図を寄越してくる。結局我々夫婦は、冨樫さんに手を引かれながらしばらく泳いで流れを脱した。

 ようやく流れを脱して穏やかな場所へと戻ってきた。これまでも何度か潮の流れに逆らったことがあるが、実に疲れるものだ。海の中で全力疾走しているようなものなので、エアもあっという間に減ってしまう。

 やがて前方に大きなゴロタが見えてくると、ガイドロープを手繰りながらそのままエキジット。

 最大深度-18m、49分のダイビングであった。

◇  ◇

 エキジットしてタンクを交換すると、食事のために一度シーフロントまで戻ることになった。そしてシーフロントでの楽しい昼食。ここシーフロントさんはレストランも経営しているようで、昼食はそのレストランのメニューの中から選べるようになっている。ただし、オーダーは朝の受付の時に済ませておくシステムになっている。

 食事を終え、さっき潜った時に見せてもらった赤と白のキレイな魚の名前を調べようとワイフと図鑑をひっくり返していたら、折り良く冨樫さんが入ってきたので、
「さっきの赤と白の混じった魚ってゴンベの仲間なの?」
と聞いたら
「えっ? あれは貝ですョ」と思いっきり笑われてしまった。
そういえばブリーフィングの時に、“何とか貝”を見に行くとかって言ってたことを思い出したが、聞き流してしまっていた。その時にガイトウマクがどうのって、確かに言っていた。
そして冨樫さん、図鑑の写真を探し出すと
「これこれ、ベニキヌヅツミガイ」と指差した。
「そうそう、これこれ」とワイフと私。
「なんだ、てっきり魚かと思ってた。」
「ねェ?」と私に同意を求めるワイフ。

 一緒に潜った仲間達の爆笑の後、そのまま2本目のブリーフィングが始まった。今回のダイビングを予約する時、冨樫さんに「イザリウオの数連発を見せて」とお願いしてある。その願いが通じて1本目はベニイザリウオの夫婦を見せてもらった。そして2本目はイロイザリウオを見せてくれるという。冨樫さんのその説明がまた可笑(おか)しい。イロイザリの肩のあたりを着目して欲しいという。そして少年のように目を輝かせて、
「餌の魚をねらう時、こうするんです」と言って、テーブルに両手を突いて肩を左右に揺すってみせる。その格好がまだ見ぬイロイザリウオを想像させて可笑しい。
◇  ◇
2本目
 午後1時半になって、我々は冨樫さんの運転するワンボックスに乗って再び「脇の浜」へやってきた。そして器材を背負うとさっきと同じ要領でエントリーした。潮はまだエントリー用のスロープまで十分に来ているので、波の合間を見計らって泳いで入った。

 エントリーして直ぐの岩場で冨樫さんがゴソゴソしている。ややあって手招きするので行ってみると、そこには5、6cmの「貝」と直ぐ横に白くとぐろを巻いたような物がある。外套膜が被りきらないミスガイという貝とその卵だそうだ。考えてみるとダイビングしてて貝を見せられたのは初めてかもしれない。たいがい魚しか教えてくれない。

 エントリー直後の浅い所は浮遊物が多くって、白く濁っている。1本目に比べてもかなり透明度は落ちているのがわかる。それと昼食の時間にパラパラと雨が降ってきた。今にも崩れそうな曇り空だ。1本目と同じに、海の中は暗く沈んでいる。

 心配していた潮の流れも緩やかになっていて、泳いでいてもほとんど抵抗を感じない。それでも、一ヶ所に止まって何かを見る時には手近な岩とかにつかまらないと少し流される。

 しばらく泳いで行き着いた岩にお目当てのイロイザリウオ君がいた。サイズは手のひらサイズ。ズングリしていて薄い黄色をしている。付け足しのようについている目が愛らしい。そのイロイザリ君のすぐそばを明るいブルーのソラスズメダイが群れている。周りをガラス板で囲ったらそのまま熱帯魚の水槽になる。
 イロイザリ君、ブリーフィングで冨樫さんが真似した通りの格好で両手(?)を踏ん張ってしきりと肩を揺らしている。
(肩のあたりを見るんだったっけナ)
と思い、イロイザリの肩のあたりをジッと見ていると、なぜか冨樫さんの顔とオーバーラップしてくる。
(フフ…)と思わず一人でニヤニヤしてしまう。

 すると冨樫さん、イロイザリのすぐそばで群れているソラスズメダイの群れを両腕で囲うようにしてイロイザリの方へ追い始めた。イロイザリは自分の目の前を群れている小魚に食欲をそそられるのか、しきりと体を揺らし、目は小魚を追っている。頭の上から延ばしているエスカと呼ばれる擬似餌も時折激しく揺らしている。
 しばらくイロイザリ君、目の前を群れているソラスズメダイを目で追っていたと思ったら、いきなり体を伸ばして「パクリ」と一匹呑み込んでしまった。それはそれは早業だった。魚が魚を食べるのは当然なのだが、目の前でその現実を見せられると何か不思議な気分にとらわれる。
 そんなイロイザリ君の捕食シーンを一緒に潜っている石橋さん達のカメラが狙っていた。が、あの早業をキャッチするのは至難の業のようだ。

 やがてその場を離れ移動を再開した。タツノオトシゴを探すらしいのだ。しばらく移動した先に大きな岩の塊が幾つか重なっている場所へ来た。サーモクラインが有って水がモヤモヤしている辺りから急に水が冷たくなった。それでも水温は23℃あるので寒くて居られないほどではないのだが、26、7℃からいきなりだと、冷水の塊に入ってしまったような感じになる。透明度は水温が下がってから急速に回復している。でも、相変わらず薄暗い。

 しばらく岩のアチコチを探していたが、どうやら見つからなかったようだ。痛さん夫婦はまだタツノオトシゴを見たことが無いのでチョッピリ残念だったが仕方が無い。次回の楽しみに取っておこう。

 その場を離れ、また砂地をゆっくりと泳いでいると突然冨樫さんが停止した。呼ばれて近づくと、そこには枯葉のようにヒラヒラとしたものがあった。冨樫さんが水中ボードに「テンス幼魚」と書いて見せる。色はワカメのような感じで、ほんとにヒラヒラしている。海草に擬態して敵から身を守っているのだそうだ。こんなのは相当見慣れないと見つけられるものではない。海の中の生物もみんな生きるのに必死なのだ。

 また、しばらく砂地を移動してやがてゴロゴロとした岩場へ戻ってきた。そしてエントリーの時手繰ったガイドロープを逆にたどってエキジット。

 最大深度-15m、58分のダイビングを終了した。