東伊豆・富戸(ヨコバマ)



 夏休みに沖縄ケラマ諸島の座間味島で潜って以来、約1ヶ月。久しぶりの今回のダイビングは既にホームグランドとなっている伊豆の富戸である。夏の伊豆は特に道路が混むので、午前5時には家を出たかったのだがワイフがグズグズしていて横浜の自宅を5時20分過ぎに出発した。
 今日は8月の30日。夏休み最後の土曜日なので海方面はひどく渋滞すると思ったのだが、国道1号線、西湘バイパスと順調に抜けてきて1時間で西湘バイパスのパーキングまで来てしまった。パーキングで途中のコンビニで買ってきた「おにぎり」の朝食を摂り小休止した後、海岸伝いに富戸の漁港を目指して車を発進させた。

 午前7時45分、ドルフィンさんに到着。車の止まる音に気づいて店から出てきた受付の佐々木さんに
「まだ打合せ中なので駐車場で待ってて下さい」
と言われ、そのまま伊豆急「城ヶ崎海岸駅」よりにあるドルフィンさん専用駐車場まで行った。既に駐車場には今日一緒に潜る同じ会社の仲間、へーさんの車が到着していて無事合流。やはり同じ会社の納谷さん達の車はまだ来ていない。

 器材をメッシュバッグに移し終え、まだ来ない納谷さんの携帯に電話をしようとしていたら、へーさんが「あの車そうじゃない?」。女の子が3人乗っているので間違いないようだ。これで集合時間前に全員揃ったことになる。
 納谷さんは今年入社の新人さんで、2年前ハワイでライセンスを取ったきりの完璧なブランクダイバーさん。で、我々のダイビングクラブに誘ったのが縁でハワイで一緒にライセンスを取った友達2人も誘って、今回一緒に潜ることになった。でも、納谷さんとはいつもメールでやり取りしていて、ここで会うのが初めてだ。同じ会社に勤めていながら現地で初顔合わせだなんて、ホント変な会社だ。

 まだ集合時間の8時半まで時間があるので、それぞれの車内でくつろぐ。今朝は4時起きしたので眠くて仕方が無い。車内は適当にエアコンが効いていてついウトウトしてしまう。今日ダイビングする他のお客さんの車も続々と駐車場に入って来る。

 時間になってドルフィンさんから迎えのワゴンが2台やって来た。そのうちの1台に器材を積み込む。今回が使いぞめとなるウエイトを積み込む時、それがピカピカと朝日に反射した。
「新品ですね」
と迎えに来たスタフから声が掛かる。ダイビング器材ではウエイトを最後に買ったのだけど、これで身に付ける物は一通り全部揃ったことになる。あとはダイブコンピュータで完成かな? 2年前にライセンスを取った時には、ここまで器材を揃えるつもりは全然無かったのに、海の中の世界が「人生観」やら「価値観」やら色々な物を変えてしまったようだ。

 迎えのワゴンでショップに着くと、佐々木さん、ヒデさんがいつもの笑顔で迎えてくれた。そして納谷さん達3人は受付を済ませ、ウエットをレンタルしてそれぞれ着替えを始めた。今回我々をガイドしてくれるのはヒデさん。今日も相変わらずチャキチャキしてる。ヒデさん、すっかり海が恋人になってしまっているようで、陸(おか)で彼氏を探すヒマは無いようだ。(彼女へ片思いのファンは多いと思うけど…)
我々もウエットを着込むとヒデさん運転のワゴン車で海へと向かった。

 海へ着くと早速器材のセッティングだ。
「あれ?」「これ、逆?」「何これ、どうするんだっけ?」
納谷さん達3人娘は早くも器材との格闘を始めている。無理も無い。なにしろ最後に器材のセッティングをしてから2年も経っているのだ。タンクとBC、レギュを渡されたもののセッティングに苦労をしている様子。ようやくセッティングが終わってヒデさんからブリーフィングを受ける。彼女たち3人でバディを組んでヒデさんのすぐそばにいる、我々夫婦とへーさんの3人はその後ろ、あとはもう1組の夫婦(?)同士でバディを組むことになった。

◇       ◇
1本目
 少しうねりがあるが、スロープの切れ目辺りで膝くらいの水深があるので、まあ楽なエントリーができる。ゴロタ石の辺まで潮が引いていると、足元が危なくってフィンを履いて海へ入るのがチョットやっかいなのだ。
 今日は海底まで張られたロープ伝いにそのまま潜降することになっている。へーさんは既にエントリーしていてロープから離れた所で待機している。3人娘に続いてワイフ、私の順にエントリー。前がつかえているので、海に入ると直ぐにロープから離れて潜降を開始した。

 前回、同じ方法で潜降した時にBCのエアが完全に抜けてないのに気づかなくって「潜降できない症候群」におちいって焦ったけど、今回はしっかりとエアが抜けるのを確認したから大丈夫。余談だが今回がちょうど30本目の節目のダイビングだ。毎回色々なことを学びながらダイビングできるのが楽しくてしかたがない。

 へーさん、ワイフの3人で着底して上を見ると、水面で3人娘がうまく潜降できずにもがいている。ヒデさん、一人ずつ下へ引きずり込んでいる。2、3m沈んでしまえば潜降できるんだけど、そこまでの間でどうしても足をバタつかせてしまうんだよネ。ウン、わかるわかる。我々も最初はそうだった。おまけに息を吐き出しているつもりなんだけど、なんか息苦しくってすぐに吸っちゃうモンだから沈みやしない。潜降直前の緊張感がようやく無くなってきたのが、20本目位からだったことを思うと、まだまだ彼女たちも先が長そうだ。

 ようやく全員揃って移動を開始した。透視度はこの辺りで10m位だろうか。細かい海草だかゴミだかが漂っていて、それほど良くはない。でも、ここの海はクリスタルな印象がある。沖縄とかバリの海はもっと開放的でソフトな雰囲気を感じるが、ここ富戸の海はもっと硬質な感じがする。泳ぎまわっている魚の色とか形とかによるのだろうか。クリスタルな印象を感じるのは自分だけかも知れないが…。

 移動を始めてしばらくすると、親指の爪ほどの大きさのミツボシクロスズメダイの幼魚がいた。何をしているのかチョコマカしてとても愛敬がある。座間味で餌付けをした時にこいつの成魚に取り囲まれたが、成魚はまったく可愛いげがない。どんな動物でも子供の頃の方が可愛いようだ。

 突然誰かが浮いてしまった。ヒデさんが連れ戻しに上がって行った。そう言えば以前は潜るたびに「浮いてしまう不安」との戦いだったっけ。浮き始めちゃうととにかく気ばかり焦って結局何もできなくって水面まで行っちゃうんだよネ。少し下へ向かって泳いじゃうとか、BCからの泡を確認しながら排気ボタンを押し続けちゃうとか、息を吐き出してジッとしてるとか、わかってくると「やりよう」は色々あるんだけど慣れないうちはホンの4、50cm浮いただけでパニックになってしまって「一巻の終わり」。
 へーさん、後ろから他の子の給排気ボタンを押して浮力を調節してあげている。我々夫婦はまだ自分のことで一杯で、とてもそんな余裕はない。

 砂地をしばらくダラダラと下っていってアオリイカの産卵床を見に行った。
 いるいる。前回来た時にはあまり大きいのはいなかったが、今日は大きいのから小さいのまでいろんなサイズのアオリイカがいる。ある者はペアで、またナンパしているあれは、オスだろうか。かなりの数が産卵床の周りを泳ぎ回っている。もうハッチアウトが終わってしまったのか、それとも他の魚に食べられてしまったのか前回よりも産み付けられた卵の数が少ない気がする。
 この辺りは「人気スポット」なのだろう。ダイバーの数が多い。それと同時に巻き上げられた浮遊物もまた多い。

 しばしアオリイカの産卵ショーを見て、その場を離れた。透明度はかなり落ちている。場所によっては6mほどの所もある。
 時々先頭を行くヒデさんが見えなくなる。ヘーさんは少し高い所から全体を見てくれている。底で誰だかわからないがフィンでもうもうと砂の煙幕を張りながら泳いでいる子がいる。

 「カンカンカン」と3回タンクを叩くヒデさんのサインが聞こえた。そばへ近づくとある方向を指差している。その方向に目をやると「カンパチ」だ。まだサイズは小さいが目の上にスーッと入った黒い線、間違いなくカンパチだ。そいつが5、6匹で横に通りすぎていった。富戸でカンパチを見るのは初めてだ。近くにはおびただしい数のネンブツダイの群れ。

 そしてエキジット。

 上がってくると、今日は2本目のセッティングをせずに用意されたブルーシートの休憩場所へ行くよう指示された。そして昼食。まだ11時前だが何しろ朝が早かったのでお腹が空いている。今日はちゃんとお弁当が届いていたので早速取り掛かる。今日のドルフィンさんお客さんが大勢来ていてブルーシートに収容しきれない。納谷さん達3人はシートから離れた場所を見つけて楽しそうにやっている。

 お弁当を食べてしまうと急にやることが無くなってしまう。いつものことである。で、今日は目の前の湾でスキンダイビングをすることにした。真っ先にヘーさんが入っていった。まったくへーさんの少年のような所には呆れてしまう。(人のことは言えないが…)
 係留されている漁船が邪魔だが、湾の中にも結構小魚が入り込んでいてスキンでも飽きない。一緒にスキンをしたワイフが「沖縄みたいにお弁当の残りで餌付けしちゃいけないのかなァ」と残念がっていた。今度、ヒデさんにでも聞いてみよう。

◇       ◇
2本目
 12時半にヒデさんが呼びに来た。毎度思うのだが仕事とは言え彼女はホントに良く動く。海のガイドも肉体労働だ。ガイドばかりではない、スタフ一同が我々を楽しませるために走り回ってくれている。

 2本目のタンクを渡され、早速準備に取り掛かる。3人娘は2回目ともなると要領よくセッティングができるかと言うと、そういうものでもないようだ。ま、最初よりは気持ちに余裕があると思うのだが、やはり「あれ?」の声が聞こえてくる。タンクを反対にセットしちゃうなんて良くあることなんだよなァ。レギュとオクトの区別なんて同じ恰好してて左にあるか右にあるかだけで違いがあるなんて、慣れないとわかんないよなァ。幸いにして我々夫婦が使っているのはインフレータホースにオクトの機能がくっ付いているAir2というタイプの奴なんで、レギュの恰好をしたオクトが無いから左右を間違えることも無いんだけど。

 器材のセッティングが終わり、「今度は岩場へ出かける」とのブリーフィングを受けた。そしてエントリー。1本目と同じ要領で潜降し、移動を開始した。いつも感じるのだが潜降は2本目の方がスンナリと行くのはなぜだろう。ウエットが濡れている分、浮力が小さくなっているのだろうか。それとも1本目を終わって「深くゆっくり」というスクーバの呼吸に慣れてくるからだろうか。

 しばらくイソギンチャクの上をゆっくりと潜泳する。我々が海洋実習でこの富戸の海を初めて潜った時、イントラは心配してこのイソギンチャクの畑には案内してくれなかった。今回、後でワイフが言っていたが案の定フィンで根こそぎモガれたカイメンが浮遊していたそうだ。気づかないけど我々もイソギンチャクを傷めていたのかも知れない。

 イソギンチャクの畑にはマスク越しに見ると7、8cmのクマノミがいた。前に見た時は3cm位だったが、こいつはここで育った子だろうか。それとも沖縄方面から流れてきた新しい奴だろうか…。それにしてもここら辺りのイソギンチャクも見事だ。水温の上昇と共に勢い良く育っているのかなァ。前回6月に潜った時より広範囲に、そして種類も豊富になっているように思える。ワイフの言うように「同じ所を季節を変えて潜るのも変化がわかって面白いネ」。
 そしてまた移動。

 イソギンチャクの畑を後にして少し行った所で、突然私の左前にいた子の右足のフィンが外れてしまった。すぐに近寄って行ってフィンをつかむと、手を貸して履かせてあげる。水中ってフワフワしちゃって自分でやろうとしても大変なんだよネ。ストラップをギュッと引っ張って、OKか、と聞くとOKのサインを返してきた。それにしても海の中って毎回なんらかのドラマや事件が生まれる。置いて行かれたのではないかと不安になって進行方向を見ると、まだそんなに離されていない。すぐに皆の後を追う。すでに3人娘のバディの体制は崩れている。


 やがてブリーフィング通りに岩場へやってきた。ここら辺りも見るからに擬態して隠れている生物が一杯いそうな場所だ。「ヒデさんチーム」はやや縦に長くなって進んで行く。へーさん一人、勝手にあちこち覗いている。と、途中の岩の上にオコゼがうずくまってジッとしているのを見つけた。誰かに教えようとしたが、みんなどんどん先に行ってしまうので自分だけの宝にしてしまった。

 すっかり気をよくしてあちこち見ながら進んで行くと、「カンカンカン」と3回タンクを叩くヒデさんのサイン。何か見つけたらしい。近づいて行くと、ヒデさん私を見つけ「おいでおいで」と手招きしてる。マスク越しに目が笑ってる。そばへ行くとそこにはイロイザリウオがいた。「ワーイ」思わずレギュを咥えたまま喜びの声を上げてしまう。ホンの2cmかそこらの小さな魚だが、愛敬のある顔がとっても可愛い。富戸の海も何度か潜ったが実際に見るのは今日が始めてなのだ。実はメールで今回のダイビングのお願いと同時に「イザリウオ見せて」とリクエストを書き送っておいた。だってワイフはだいぶ前に見せてもらったのに、同じ時に潜っていた私には見つけられなかったのだ。これって「バカみたい」だが、悔しいじゃないか。「ヒデさんありがとう」と、ヒデさんに思いっきりOKサインを返してしまった。

 でも、こんなに小さな魚、しかも体をあたりに同化させてジットしているのに(良く見つけられるものだ)と感心してしまう。居そうな所がわかるのか、まさか匂いはしないだろうから何か特殊な感覚を持っているとしか思えない。

 次にヒデさんの「カンカンカン」を聞いた時はヤマドリを見つけた時だった。ここは海の中、ヤマドリったってモチロン空を飛ぶ鳥ではない。せびれが水掻きのようになっている魚だ。体長は10cm程だろうか。こいつも白っぽい岩のようで、ついつい見過ごしてしまいそうな魚だ。しかし、ヤマドリだなんて。誰が命名したのだろう。ジットしている姿からは、水中を鳥のように華麗に飛ぶなんてことは想像できないし…。ましてや鳥と見間違うはずも無いほど完璧な「さかな」の恰好してるし…。とにかく「名が体を表さない」魚の一つである。ロギングの時に図鑑を調べたらこいつはオスだった。写真で見るとメスの方のせびれは団扇(うちわ)のように大きい。

 最後に覗いた場所は岩が小さなトンネルを作っている所だった。中にはミナミ何とかという小さな黄色い幼魚が居たようだがわからなかった。ワイフはカニのハサミみたいのを見たと言っていた。(後で聞いたらウツボの横顔だった)。私はサラサエビしか見えなかった。
そしてエキジット。

 器材をバラシ、用意されていたワゴン車でショップまで戻った。そして、ザブザブとウエットやら器材やらを洗うと「高原の湯」まで温泉につかりに出かけた。4時に迎えに来てもらうことにして1時間チョットある。中は、もしかして6月に来た時より混んでいたかもしれない。海水浴帰りに入って行く人が多いようだ。

 一ッ風呂浴びてサッパリした所でショップに戻りロギングタイム。我々が温泉に入っている間にヒデさん今日の記録をボードに書いておいてくれていた。そうそう、今日は残念なことがある。私のダイバーズウォッチが壊れてしまって、2本ともログが取れなかったことだ。時計をログモードにしてエントリーし、着底した時に水深を見ようと思ったら計測エラーが表示されていた。(おかしいナ)と思ってその回はあきらめたが2本目でも同じ状態になってしまったのだ。そのうち時計機能も使えなくなってしまって、今は修理に出してある。

 ところで、透明度はイマイチだったが、今回一緒に潜った3人娘は十分に楽しんでくれたようだ。
「海の中がキレイだった」
「魚がいっぱい居た」
ロギングの時に、6月に連れてきた姪と同じことを言っていた。きっと彼女たちもドルフィンさんのリピーターになってくれるだろう。そしてこれを機会にドンドン潜って、うんとうまくなってもらうことを願わずにはいられない。