マリンステーション、ハドサンを潜る(1998年7月28日)


 翌7月28日、朝の6時にセットした腕時計のアラームを待たずにベッドを抜け出し外を見た。外は夜中の雷雨が嘘のように青空が広がっている。これならダイビングは最高だ。
 昨夜チェックインの時にダイビングショップの人から8時30分集合と言われていたので、7時に朝食にしようと決めていた。で、まだ7時にはチョット早いけど散歩と敷地内の探検を兼ねてワイフと部屋を出た。
 プールサイドからビーチへ出て、ビーチ沿いに右回りにぐるりと遠回りしてダイビングサービスの前を通りレストランへと一周してみた。そんなに広い敷地ではないので時間はそれほどかからない。が、これで大体の施設の位置が確認できた。

 朝食はパンと卵料理、それにフルーツジュースが添えられている。卵料理は卵焼き、スクランブルエッグ、目玉焼きの順で毎日繰り返された。今朝は「卵焼き」、卵の黄身が少し白っぽい。
 朝食を済ますと、本当はイケナイのだが喉の痛みが取れないので頓服を飲んで、器材を詰めたメッシュバッグを抱え敷地内のダイビングサービスへと向かった。

 ダイビングサービスはホテルの敷地の一番奥まった所にあって、我々が行った時には既に何組かの人たちが集まっていた。
 受付のカウンターでCカードとログブックの提示を求められ、8時半からのブリーフィングに臨んだ。

1本目。

 フィリピンでの記念すべき1本目は、マクタン島の「マリンステーション(Marine Station)」である。

 ホテルの敷地から海に向かって突き出ている800m程の長さの「防波堤プラス橋」を通ってポイントまでの移動用の船に向かう。フィリピンの海では「バンカー」と呼ばれる船体の両サイドに太い竹を平行に取りつけた独特の「船」が使われている。これがかなりのスピードで海を走りまわるのだが実に安定性が良い。海も穏やかだったせいもあるが、ほとんど横揺れもせずにガンガン走る。

 15分ほどで、ポイントに到着した。ここからがフィリピンでの殿様ダイビングの始まりだ。まず、BCとレギュを渡すとスタッフがテキパキとセッティングをしてくれる。書き忘れたが、ダイビングサービスから器材を船に運ぶのも彼らスタッフの役目。タンク運びもモチロンそうだ。我々は手回り品だけ持って「バンカー」に乗り、ポイントに着くとスタッフからBCを着せてもらい、ザブンと海に飛び込むだけ。エントリーは「バンカー」の最前部の少し広くなった所から1m位下の海面へ、ジャイアントストライドでザブン、ということになる。

 今回のダイブマスター(ガイドとは呼ばない)はベンジー君。若干19才の若者だ。一緒に潜るのは経験タンク本数800本というつわものの二人組みと我々夫婦、その他二人の6人のグループだ。こっちは40本、ワイフは30本とビギナーなので(足を引っ張るのではないか?)とチョット心配。
 それに昨夜から痛む「のど」は、いっこうに良くなる気配が無くて
(耳が抜けるか心配だなァ)
という不安を抱えてのエントリーとなった。

 順番が来てスタッフに手を添えられて、それでも意を決して「ザブン」と一歩を踏み出した。
 水面で一度集合して、ベンジーの潜降の合図でフィートファーストで潜降を開始。…とっ、ところがうまく沈まない。(えっ? なんで?)と焦っても、何してもダメ。仕方なくヘッドファーストに切り替えてようやく潜降できた。-5mほどの所で再度集合して移動を開始したが、後で解ったことなのだが、ここのウエイトは1個が2ポンド(約900g)なので日本の感覚で1個=1Kgと計算していたのが間違いの元だったのだ。
 いつも日本で使っている5mmウエットを持って行ったので、いつもと同じ7Kgをつけているつもりで6.3Kgだった訳だ。それでも以後ヘッドファーストで潜降出来ていることを考えると国内でも7Kgはそろそろオーバーウエイトのようだ。(ウエットが新しい間1Kg余分に背負っていた)

 潜降して周りを見渡すと、やたら明るくって、まるで「熱帯魚の水槽」状態の海が広がっている。そして、ほんの10mも移動するとそこはリーフエッジで、ドーンとほとんど垂直に近いドロップオフで、壁が落ち込んでいる。色とりどりの小魚が乱舞する間を掻き分けて、我々のグループはそのドロップオフの壁に沿って下へ下へと降りて行く。底は見えない。

 ブリーフィングで「ドリフトダイビング」となることを聞いていたが、流れは結構速い。フィンキックをしなくても目の前の景色がどんどんと流れて行く。セブ=南の海=サンゴがキレイ、という方程式をイメージしていたが、ここのポイントはあまりサンゴは見当たらない。カイメン、ウミウチワ、ヤギなどの巨大なソフト系の動植物が壁に多く張りついている。
 心配していた「耳抜き」も快調だ。ただ鼻水だかマスクからの浸水だかで、鼻がチュルチュルして気持ちが悪い。ワイフも快調に流れに乗っている。

 しばらくドリフトしていたら、だんだん壁から離されて行くようになってきた。ベンジーが「壁から離れるな!」とシグナルを送ってくる。私の左前にいるワイフも一生懸命フィンキックして壁へ戻ろうとしている。しかし流れが強くてなかなか壁へ近寄れない。こっちも必死にフィンキックして何とかベンジーのそばでワイフともども岩につかまって体を固定した。ベンジーは右の太ももの裏を手で押さえてジッとしている。壁の右下の方で800本の大将がこちらを見上げている。
 ややあって下から800本の大将が近寄ってきて「上がれ」とシグナルを寄越してきた。それを見たベンジーが壁伝いに浅い方へと登り始めた。モチロン我々もその後をついて登った。話しに良く聞く「マスクが飛ばされる」ほどの激しい流れではないが、全身で流れを感じる強さの中、岩をつかみつかみ壁を登りきって浅場へ出てきた。そして、ここで5分間の安全停止。安全停止中も岩をつかんでいないと流されてしまう。もうこうなってしまうとクマノミと遊ぼうとか、岩の裏側を見ようとか、そんな余裕はない。

 5分の安全停止を終わって浮上。しかし海面も流れがあって、「バンカー」の両サイドにある太い竹につかまっていても体が流されてしまう。ほんの3、4m先の船体のハシゴから一人づつエキジットするのだが、その距離でさえ真っ直ぐに泳げない。
 全員がエキジットして船上で一息ついた頃、例の800本の大将が「下へ向かって流れてたんで上がることにした」と言っていた。ベンジー君は「うまくガイドができなくて…」と沈んでいた。
 こうして記念すべきセブ・マクタン島での1本目のダイビングは慌ただしく幕を閉じた。

 船に戻るとスタッフがさっきの逆の手順で器材を下ろしてくれる。そしてさっさと2本目の準備に取り掛かっている。我々は? というと軽器材をメッシュに入れて後は桟橋目指してひた走る「バンカー」に乗っているだけ。


2本目。

 昼食時間を含めて約1時間半の休息の後、1本目と同じメンバーで2本目のポイントへと向かう。2本目は、同じマクタン島の「ハドサン(Hadsan)」というポイントである。

 このマクタン島は島の東側沿岸がリゾートホテルの建ち並ぶ一大リゾート地として開発され、それぞれのホテルの前がそのままダイビングポイントになっている。そのためにポイントの数は幾つかあるのだが、それぞれが隣り合っていて船での移動時間も15分位でほとんどの場所へ行けてしまう。

 1本目と同じように2本目もスタッフが器材を背負わせてくれて、ジャイアントストライドでエントリー。相変わらず喉が痛くて、体調は芳しくない。
 ここのポイントも浅場のリーフが途切れると一気に落ち込んでいて、我々は再び壁に沿って-20mあたりまで落ちてしまう。1本目がかなり潮の流れがきつかったので、2本目も(また流されるのではないか?)と心配していたのだが、潮止まりの時間になったのか流れはほとんど感じない。1本目と違って緩やかにフィンキックしないと前進しないので流れが無いのが良く分かる。「違い」といえば透明度が極端に落ちている。1本目は30mほど抜けていたのだが、今回は浮遊物が多くってせいぜい8m位のものだ。

 魚の種類だが、色々と特徴を覚えようとしたのだが、とにかく種類が多すぎで憶えることは既に放棄している。チョウチョウウオの仲間などウヨウヨいて当たり前だし。-20mあたりをノンビリと泳いであたりを見回してみるが、サンゴは無いし、岩場は色彩に乏しいし、これといって特徴の無いポイントである。
 ゆっくりと流していたらベンジーが下を指差すので、そちらに目をやると「グルクマ」の群れが泳いでいた。初めて見る魚だが、口のあたりが銀色に四角く光って特徴のある魚だ。安全停止中の-5mあたりには20cmの「イシヨウジ」がクネクネとしていた。

最大深度-23m、43分間で2本目をエキジットした。
透明度、サンゴともに「イメージとチョット違ったな」という感想だった。

 ダイビングサービスへ戻ってくると、ここの日本人スタッフのお兄さんが近寄ってきてしきりと「カビラオ島」への日帰りダイビングツアーを勧める。今回、我々は4日間で8ダイブを予定してきているが、差額料金でカビラオ島でのダイビングが可能なのだという。 少し考えて、お願いすることにした。正規の料金は一人120US$。日本で支払い済みのマクタン島でのダイビングが50US$であるので一人当たりの差額は70US$だ。今の円/ドルレートが1US$=144円であるから約1万円の追加となる。
 カビラオ島へはここから例のバンカーで1時間半かかるのだそうだ。したがって明日の朝の集合は7時30分ということになった。


 こうして明日の予約を済ませプールサイドへやってきて、ザブザブと今度はプールで一泳ぎだ。プールの水は34℃もあって「こりゃ、お風呂みたい」。
 ここのホテルは敷地の周りをぐるりとフェンスで取り囲んでいて、入り口には24時間腰に拳銃を下げたガードマンが立っている。また、敷地内も同じいでたちのガードマンが巡回して警備に当たっている。これじゃ我々滞在客は収容所に入れられているのと同じだ。「外は治安が良くない」とのことなので仕方なくホテルの敷地内で時間をつぶすのだが、遊ぶ場所がある訳でも無し、早目に夕食を摂って9時頃には床に着いてしまった。

 昨夜のスコールのせいで寝不足だったのでシュッコロと眠りについてしまったのだが、夜中にまた眠りを破られた。突然「ゴー!」という音と共にまたまたスコールがやってきたのだ。
(ウワァ!まただョ!)
でも今夜のは雷をともなっていない。クーラーの電源も明かりも落ちる気遣いは無さそうだ。
(大丈夫そうだナ)
と、そのまま眠りの深みに落ちていった。