カビラオ島(1998年7月29日)


 人間の適応能力というのは実に不思議なものなんですね。おとといの晩にあれだけ気になって眠れなかったスコールの襲来に、早くも2晩目で慣れてきている。かなり激しい音で降っていたのだが、ワイフなどは「クーラーの音だと思ってた」と気にも留めていない様子。もっともワイフのは適応能力というよりは「ズーズーシイ」だけかも知れないが。

 今朝は7時半にダイビングサービス集合なので、6時半頃の朝食となった。ここの一ヶ所しかないレストランでは我々がテーブルにつくと毎回必ず「Anything drink?」と聞いてくる。昨日の朝はホットコーヒーにしたので、今朝はアイスティーにした。もちろん「ノーシュガー、プリーズ」でだ。メニューはパンとスクランブルエッグ。軽く塩を振ってやると結構おいしい。

 食事を終えると、まだ痛む喉にシュッと薬を一吹きして、さらに先週ワイフが医者からもらって余っていた喉痛を押さえる薬を飲んでダイビングサービスに向かった。今朝は寝不足が大分解消されていて、昨日の朝より調子は良い。

 約束の7時半からブリーフィングが始まった。まだ20代後半とみえる日本人の青年が説明してくれている。
「カビラオ島までは船で片道約1時間半かかります」
「1本目を潜ったら島に上がってお弁当の昼食を摂ります」
「お弁当とミネラルウォーターはこちらで用意しています」
「2本目を上がったらそのままこちらへ帰ってきます」
「では、今日のガイドを紹介します」
と言って、2組の組ごとのガイドが紹介された。我々の案内役はダンテ君。それがトレードマークなのか赤のランニングシャツを着た小柄でシャイな感じの若者だ。

 そして、いつもの桟橋を渡って既に器材の積み込まれている船へと向かった。


 カビラオ島までの航海は実に平穏無事であった。ゴンゴンという単調なエンジン音を聞きながら、時折行き交う小型の船に手を振ったりして、あまり退屈しなかった。ただ、強い陽射しを避けようとキャンバス地の屋根のある船の後方に陣取ったため、エンジンが発する騒々しい音と排気ガスとであまり良い気分ではなかった。

 やがて一部の人が器材を背負って準備を始めると、想像していたよりずっと小ぶりの「灯台」が見えてきた。灯台というよりはよく海に浮かんでいる「ブイ」を大きくして陸に揚げたような代物だ。
 海は? というと、かなりの透明度のようで水色に輝いている。

 その「灯台」の沖合いで船が碇(いかり)を投げ込むと、いよいよ1本目のスタートだ。昨日と同じ手順で器材を背負わせてもらうとジャイアントストライドで「ザブーン!」と海に飛び込んだ。ここのポイント名は文字どおり「ライトハウス前(LightHouse)」と言って、島の両側沿いに流れている海流がこの灯台前で合流するとかで、大物の回遊魚が期待できるのだそうだ。

 今日のダンテ君チームは我々夫婦と、友達同士で来ているらしい若い女の子二人組の4人である。一度海面で集合して自身通算44本目の潜降を開始した。再度集合した-5mの海底は一面緑の草におおわれた草原のような場所だった。明るい陽射しの中で白砂に若葉色の海草が揺れている。そこから少し沖に移動すると急斜面を-25mまで一気に降りて行く。黄色やオレンジ、そして透き通るようなブルーのカラフルな魚たちが我々の行く手を開けてくれる。

 -25mのところはちょっとしたテラスのようになっていた。そのテラスの端に腹ばいになってしばらくジッとすることになった。見下ろす先はドロップオフで底が見えない。テラスの正面を潮の流れに乗ってツムブリの群れが流れて行く。名前の分からない小型のアジのような群れも流れていった。10分くらいジッとしていただろうか。大型の回遊魚はとうとう目の前に現れずじまいで、ダンテが移動を開始した。15mほど前を同じ船から先にエントリーした別のグループが泳いでいる。

 しばらく潮の流れに逆らって移動を続けたが、少し流れが強くなってきた所でダンテが向きを変えた。我々のレベルと体力を考えて早目に船のアンカー場所に戻ることに決めたようだ。今度は緩い流れに乗ってフワフワしながらだんだん浅場へと戻って行く。今回のメンバー構成を考えると適切な判断のようだ。
 -6mほどのエントリーした場所に近い「草原」まで戻ってきて、しばしの安全停止に入る。ダンテはひざを抱えて体を丸め、風船のようにフワフワしている。我々は草原をアチコチ動き回って小魚と戯れている。やがてボトムタイム46分でエキジット。


 全員がボートに上がると、船はすぐ側のビーチへ移動して係留され、我々は上陸することになった。1m位の高さから砂浜に飛び降りると灯台のすぐ近くの休憩所とオボシキ場所へ歩いて行った。  休憩所で日本人のスタッフからホカ弁のようなお弁当とミネラルウォーターをもらって昼食タイムとなった。我々のガイドのダンテ君たちは我々とは別に船で食事を摂るようだ。ここら辺りの飼い犬なのか野生なのか子どもを連れた犬が物欲しそうな目で、ウロウロしている。


 食事を終え、しばらく浅瀬で遊んでから船へ戻った。船は砂場を離れると今日2本目のポイント「タリサイ(Talisay)」へ向かった。向かったといってもたかだか数百メートルの移動であるが…。

 2本目も1本目と同じメンバーで同じ要領でエントリーした。透明度は約30m。流れはかなりゆっくりで、フワフワと漂いながらノンビリとしたダイビングを楽しんだ。この辺りのサンゴも同じような色が続くので、すぐに飽きてしまう、というか変化が乏しく感じてしまう。しかし、マクタン島に比べればこちらの方がずっとステキな景観が広がっている。ワイフも一緒に潜っている女の子二人も快調そうだ。-15mから-20mの辺りを30分ばかり流してボトムタイム46分でエキジット。

 ところが浮上してみて驚いた。海上は大粒の雨がザンザン降っている。エントリーした時に少し雲行きが怪しかったが、それがアッという間に崩れたのだろう。雨に打たれながら船から下ろされた梯子階段を登って、あわてて屋根の下へと避難する。

 ワイフは今回のセブへは最初に買ったゴムのフィンを持ってきている。実は去年プラスチック系のフィンに変えたのだが、プラスチックのフィンはプラス浮力だとかで中性浮力を取るとどうしても足が頭より高い位置に行ってしまって、「のけぞる感じがイヤ」なのだそうだ。去年、沖縄ケラマ諸島の座間味島へ行った時に、「やたら首筋が痛くなった」とかで迷った末に今回はゴムのフィンにしている。
「フィンの調子どうだ?」と船に上がってから聞いたら
「うん、いいよ」との返事。

 しかし、雨はまるで止む様子は無い。雷もビカビカ始まった。全員が船へ上がるのを待ちかねたように、船は一刻も早くこの雷雨から逃れようとマクタン島のホテルを目指して全速力で走り始めた。